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今、俺はとある行列に並んでいる。
人の量はこの目では計り知れないが、恐らく百は簡単に超えるだろう。下手をすれば千人ぐらいはいるのかもしれない。彼等は、俺と同じ目的を持って、長いこの行列に並んでいる。俺は一日前から並んでいるが、そんな俺よりも前に人はいる。一つ前の男に何時から並んでいるのか聞いたが、彼は何と二日前から並んでいるらしい。それより前に三人いるのだが、彼等はつまりそれ以上と言うことだろう。とんだ執念だ。
だが、それにつり合うだけの価値はこの先にあるだろう。何せ、この行列の先に待っているのは、スイスロールを一カ月分プレゼントしてくれるという何とも素晴らしいキャンペーンが待っているからだ。
俺は見た目の強面さと真逆に、甘いものが大好きだ。特に、スイスロールは人生の友……否、妻とも言える程愛している。正直、妻よりも愛している。そんな彼女を、それも某有名ケーキ店がプレゼントしてくれると言うのだ。これに並ばず何に並べと言うのだろうか。
「お次の方、どうぞ」
係員の女の声で、前にいた一人が店内へと入っていく。次の人間も厳正なる検査を受けると、一枚の紙を貰って中へと入っていった。ううむ、羨ましい。つい生唾を飲んでしまった。あごひげを触り、気を落ち着かせる。
ここで配られている紙は、抽選券だ。そう、これ程並んでも、まだスイスロール一カ月分は確定していないのだ。このドーム程の広さがある店内の中に、まだ試練が残されているのだ。ちなみに、抽選券の枚数は二百枚で、プレゼント券を貰えるのは、結果的に一人だ。熾烈な争いとなることだろう。それなのに何百人といるこの行列。まだ諦められない人間が並んでいるのだ。前の人間に腹を壊せ、急用が出来ろ、ペットが暴れろと願いながら。全く、人間として如何なものだろうか。
「お次の方ー」
係員の声で我に返る。そうだったな、ここで他人のことを考えている余裕など無い。俺は抽選券を貰うと、店内へと入っていった。店内はステージが始まる前のライブハウスのような暗さだ。だが、全く見えないわけでもない。並んでいた際一つ前にいた、外人の男に話しかける。
「あなたも、アレを狙いに?」
「ハイ。最近生活がキツキツなのですネ」
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