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困ったように、靴に履き替える優馬に近づくと、「また忘れたの?」とちょっとキツい言い方をする。
怒っているわけじゃない。ただ、その声に振り向いたときの少しバツの悪そうな顔が好きなだけ。
「今日も忘れたんだ、朝急いでて」
言い訳するように言う優馬に、にっこりと笑いかける。
その、困ったような顔が好き。
「一緒に帰る?」
不自然にならないように、私は言う。
優馬は気づいているかな。私が、優馬がいることを期待して、雨の日に下駄箱まで来ていることを。
「じゃあ、一緒に帰ろうかな。濡れて帰るのも嫌だし」
いつものやり取りを交わして、私たちは学校を後にする。
この距離は心地いい。
だけど、この距離だって、永遠じゃない。
優馬を狙っている女の子はたくさんいるし、進路だって違う。
私たちは、中学までしか同じ学校に通わないんだ。
優馬は美術科のある学校に進学希望しているし。
私は、この学区の中では、レベルの高い学校に進学したいと思ってる。
だから、日に日に、私たちの時間は少なくなっていく。
だけど、私は崩したくないの。
この時間も、二人の関係も。
「あのさ…」
控えめに聞いてくる優馬。
あまり、おしゃべりなタイプじゃない。
だけど、寡黙というわけでもない。
大好きな絵のことになると、すごく饒舌になるときもあるし、私の話を聞いているだけのときもある。
それはそのときの話の流れで決まる。
今日の流れを作ったのは、優馬だった。
「綾は、どこの学校志望なんだ?」
優馬だけが呼ぶ呼び方がくすぐったい。
この瞬間だけは、自分が特別な感じがする。
家族と同じ呼び方。すごく近い存在に感じる。
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