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「意味わかんないんですけど。……離れたら苦しくなるって……距離にしてどれくらい?」
散らかった頭で、まずはそう訊いてみた。他に訊くべきことはたくさんあるはずだが、まだちゃんと思考が働かない。
「たぶん30メートル以上は離れられないと思う」
「それ、……いつまで?」
「術がとけなきゃ、オレが生きてる限り」
―――生活できやしないんですけど、それ。
「で、狐の寿命って何年?」
「普通のキツネは5年だけど、オレの両親はキャリアな妖狐で、オレもその血をひいてるから頑張れば500年は生きると思う」
じわりと奇妙な汗と嗤いが込み上げて来た。
これはヤバい子に出会っちゃったかもしれない。逃げたほうが得策だな、と。
すぐさま自転車に飛び乗り、猛スピードでコスプレ少年を振り切って逃げ、マンションの2階にある部屋に帰り着いた。
けれど再び信じられないほどの胸痛が京介を襲い、呼吸が苦しくなってそのまま玄関に崩れ落ちた。ガクガクと体中の震えが止まらない。
―――もしかして、あの少年の説明は全部本当の事だったのだろうか。
肩で息をしているといきなり足音が響き、ドアから飛び込んできたカイが蒼白になって京助に縋りついた。「ゴメンなさい」と何度も言いながら、目を潤ませる。
まるで夢だったように呼吸がすっと楽になり、元凶がこの狐であるにもかかわらず、ほんの一瞬天使に見えた。
パブロフの犬状態だ。
「こんなことになったのもオレのせいだし、オレ、ここで掃除でも洗濯でも何でもするよ。父さんと母さんは善狐だけど、もうすぐ仙狐に昇進するんだ。そしたら京助さんの魂も元に戻してくれるように頼むから。
だからそれまで、オレを傍に置いて。ぜったい邪魔にならないようにするから」
京助はまだくらくらする頭で、「わかった。とにかく、邪魔にならないところにいてくれ」と、それだけ言い、這うようにしてベッドにもぐりこんだ。
もう何を考える気力も無かったし、とにかくその子が傍に居れば苦しくはない事だけは分かった。
朝になったらもしかして、全部夢だったって事になるかもしれない。そんなことも思いながら、風呂も入らずに眠ってしまった。
けれど朝になっても狐はいた。
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