第13章 わたしには甘すぎる

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「…それもそうだな。あとで直接LINEしとくよ、昨日の礼もあるし。…おっと、そうだ。タクと瀬戸さんからもよろしくって言われてたんだ。身体に気をつけて頑張れって」 …奴の腕の中なのに全身がどくんと鳴ってしまい、内心焦る。その名前。 久しぶり過ぎて。…どうしよう、耳朶が熱くなってる。竹田の胸に頬を押しつけ、目をぎゅっと閉じた。どうか気づかれませんように。胸がことことうるさく鳴り続けてるのを。 「…会ったの?」 「お前から車返しといてくれって頼まれてただろ。その時に上がって夕飯ご馳走になったよ。タクと一緒にモップの散歩にも行ったんだ。春休み、ちゆちゃんがいないと暇だって文句言ってたぞ」 「…そうか、春休みってあんまり宿題もないもんな」 あまり意味のないことを呟いて奴の胸にもたれる。少しずつ心臓も落ち着いてきた。不意を突かれて動揺し過ぎてしまった。気をつけないと。 竹田の手のひらがわたしの頭を優しく撫でる。 「…どうした?」 「なんか、帰りたくなっちゃった。急に」 思わず正直な言葉が口を突いて出る。 「タクと一緒にモップの散歩に行きたい。あの山に囲まれた畑の畦道を歩きたい…」 無闇やたらと広い青い空の下を、元気な子どもと犬と歩く。まだ少し冷たく感じられる風が吹き抜ける。きっと今頃は僅かに春の匂いのする空気が感じられるだろう。 あるいは、深夜のキッチン。子どもと犬の寝静まったしんとした静かな部屋で。あの人が寝る前のコーヒーを淹れている。そこにそっと降りていって、二人で椅子にかけてコーヒーを飲む。あの人はミルクと砂糖を入れて、わたしはブラックのままで…。 竹田は優しく包むようにわたしを抱きしめ、そっと髪に口づけた。 「…ホームシックか。わかるよ、なんとなく。俺も離れてるとあの場所が懐かしいなぁと思うことあるもん」 「…うん」 わたしは彼の背中に腕を回した。やっぱ、優しい奴だな。わたしなんかには勿体ないのは間違いない。…大事にしてやらなくちゃ。 この温かい腕の中で、他の人のこと考えて胸を熱くしたりしちゃ。…いけない…。 発車ベルが鳴り響いた。竹田がわたしを上向かせ、しっかりと深いキスをする。わたしはそれに応えた。 「…好きだよ、ちゆ。…毎日LINEする」 「うん。…わたしも。…できたら」 「忙しかったら『好き』のひと言だけでいいよ」 …いやそれは無理。 「『無事』って送るよ」 「ちっ。…残念」
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