第13章 わたしには甘すぎる

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発車ベルが不意に止む。わたしは慌てて奴を振りほどいてドアに押し込んだ。 「乗り遅れるじゃん、もう。…身体に気をつけて」 「こっちの台詞だよ。…ちゆ」 ぎりぎりまで何か言おうとした奴の鼻先で自動ドアがすっと閉まった。 手を振るけどあっという間に見えなくなる。その姿はこっちから見て取れなくても、向こうはいつまでもわたしを見てる気がして、車両全部が視界から消えるまでずっとわたしは小さく手を振り続けた。 「あいつ帰ったか、無事に?」 翌日、自販機の前でぼーっとしていたら背後から不意に声をかけられ我に返る。いつもの感情の感じられない、波のない声。 「…ああ、おかげさまで。お世話になりましたって、いろいろ」 さすがに『ちゆをよろしく』は伝える気がしない。彼はふん、と少し笑うような声を出した。 「お前をよろしくだろ。知ってる、LINE送ってきた。…今日は缶じゃないのか?」 何故かちょっとぎくっとしてしまう。珍しく紙カップのレギュラーコーヒー。ポトッ、と最後の雫が落ちて抽出が終わったお知らせ音が響く。彼が上体を伸ばして取り出したカップの中を覗き込んだ。…あんまり見ないで。 「ミルク入り?なんか珍しいな。いっつもブラックばっかかと思ってた」 「うん。…ちょっと気分転換」 実は砂糖も入ってる。少し疲れたかも、と誤魔化そうとして思いとどまった。あいつが帰った直後に『疲れた』はまずい。実際滅茶苦茶疲れてるし。まさにそういう意味で。 「…立山くんはいちご?今日は」 何かを振り切るように明るいいつもの声を出す。彼はこっちを見ず、ちょっと悔しそうにぼそっと呟いた。 「…フルーツ」 「フルーツぎうにうかぁ。あれ、美味しいよね。お風呂上がりに最適」 「お前なんか風呂上がりもブラックコーヒー飲んでろ」 軽口を叩いてるうちにちょっといつもの調子が戻ってきた。この前と同じ隅の椅子に並んでかける。 「…大丈夫か」 唐突に尋ねられ戸惑う。 「は?…何が」 「少し元気ないかな、と思ったから」 …また胸の内にぶわっ、と制御できない感情の波が押し寄せてきそうになった。慌てて気力で押し留める。 「平気。…実はちょっと、ホームシック的な感じになってたかも」 「何?…あいつと一緒に帰りたくなった?」 「違うよ!」 この冗談OKなの?基準がわからない、地雷とそれ以外の。 「あいつからタクの言伝てもらったから。わたしがいないと春休みつまんないってさ」
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