第13章 わたしには甘すぎる

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引っ張られていった先は舞台の袖だった。…ああ。 以前、初日の前に言われた話。袖で待ってろってのがあったな。あれからもう東京での楽日間近、すっかり忘れてた。さすがに仕事にも慣れてそれなりに余裕のある日もあったけど、一度もそれはやったことない。 吉木さんが有無を言わさずバサッと大きな花束を寄越してきた。これを渡せってか。すごい手際がいい。 『…じゃあ、あいつを出迎えてやって。すごく喜ぶよ、ちゆちゃんがここで待ってたら』 囁くだけ囁いて、すっと慌ただしく去っていった。考える暇もない。どんな顔して待てばいいんだろ、と考えかけて気づく。 …顔。 やばくないか、大丈夫かな、と思い浮かぶ間もなく、ざわざわと波が押し寄せるように袖に演者さんたちが戻ってきた。わたしは慌ててなるべく壁際に寄る。こんなとこにいて邪魔になっちゃうといけないし。早くこれを彼に渡して、ここを退かないと。 「…千百合」 どっきん、とあり得ないほど大きく心臓が跳ねた。倍音の感じられるその声。いつもの感情の波のない、平常運転モードと全然違う。 オーラ全開だ。 やばい、と考える余裕もない。憧れのその人がステージでの姿のまま、輝くようにここにいる。わたしは顔を上げ、彼を見た。すごく近い。眩しくて目が潰れそう。 勇気を出して口を開く。声が震えて掠れる。でも、言わなくちゃ。 あたしがどんなにこの人を好きか。 「…立山くん」 彼が間近でわたしの顔を見下ろした。何故か眩しそうに目を細める。 「…あたし、あなたのステージ観てて。…本当に、どんなに素敵だったか。…ああ、何て説明したらいい、のか」 …わからない…。 唇が震えて動かなくなる。その瞬間、彼の手のひらががっ、と両肩を掴んだ。すごい力が込められ、ぐっと引き寄せられる。え、何?と思う間もなく、俳優オーラ全開のあの低く全身に響くような声で囁かれた。 「…千百合。…キスしてやるよ」 …わたしは冗談抜きで跳ね上がった。いやちょっと待って。必死で後退って振り切ろうとする。 「立山くん、ちょっとそれは。…いいです。お気になさらず。そこまでは…、いやもう、いいから。無理無理むり」 彼の顔が有無を言わさず寄せられてくる。逃げようとしても全然動けない。既に頭も身体もがっちりホールドされている。…ああ、どうして、こんなの。 …考えらんないよ…。
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