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この世の中に絶対なんてあり得ない。その事実は身にしみていたので、守って頂けるうちは有難くお受けするより他なかった。
そうこうしてるうちにあっという間に大阪での楽日になった。ここでの公演は一週間なので、間の休演日がない。あんまりゆっくり出来る日なんかなかったな、と思いつつ全体での軽い打ち上げに参加し、その後演者とスタッフはそれぞれ別れて更に飲みに赴いた。
しかしまあ、例によって宴も酣になる前に吉木氏によって救出され、ホテルの部屋に放り込まれるわたし。
「明日は舞台美術は撤収だね。役者陣はオフだから、ちゆちゃんの仕事終わったらみんなで久しぶりにご飯食べよう。移動日は明後日だよ」
「りょーかいです。…ありがとうございます、今日も」
「いいって。ジュンキの大事な人を守るのもマネージャーの仕事だからね」
「いえだからそういうの要らないです…」
戸口で手を振って吉木さんを送り出し、ドアを静かに閉めてため息をついた。結局、あの時被害にあったばっかりにこうやって向こうも過保護になるし、こっちも臆病になってつい頼ってしまうんだよね。しばらく後々まで響きそうだ。
でもまさか、スタッフの先輩方に『わたしは性的な被害に遭ったことがあるので彼は友人としてそれを心配してるんです』とは言えないもんね。そう考えると、立山くんがわたしの心配性の彼氏で独占欲発揮してるっていう設定は、申し訳ないけどそれ以上説明する手間が省けてありがたいのか…。
…携帯が突然鳴り始め、完全に油断していたわたしは思わず飛び上がる。慌てて手に取り画面を覗き込むと、立山くんその人の名前がばっちり表示されている。
「…はい。立山くん?どしたの?」
『今、帰ってきた?』
「うん。よくわかるね」
『隣にいるから』
思わず続き扉を見遣る。勿論いつも通り何の変化もない。
「もう演者さんの打ち上げ終わったの?早いね」
『適当なとこで切り上げてきた。だってどうせまだこの後博多公演もあるし。同じメンバーで移動するだけじゃん』
まあ、それはそうだけど。確かに。
立山くんは平坦な声で続けた。
『小川さ。この部屋、今日最後だろ。よかったらちょっと飲まないか。ここで』
珍しい申し出に少し考えるが、特に断る理由は思い浮かばない。わたしは普通に答えた。
「別に、いいよ。疲れてない?無理しないでね」
『無理なんかしてないし、お前だって疲れてるだろ。早めに切り上げるよ』
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