第14章 今まで通りじゃいられない

11/23
前へ
/40ページ
次へ
いつものわたしでも彼でもない。普段のわたしたちの関係には影響しない、事故のような出来事だ。ノーカウントと考えて差し支えないかと。 「そりゃ、何でもかんでも百パーセントってわけにはいかないけどさ。そこは忸怩たるもんがないとは言えないけど。でも可能な限りのものは全部あげてるつもりだよ、これでも。これ以上、って言われたら正直困るけど、今だってそれなりのものは得てるんじゃないかな。こんなこと言ったら何だけど、一緒にいてもあんまり不幸そうには見えないし」 わたしはやっぱり自覚してるよりかなり酔っ払ってたんだと思う。思ってることをそのままの形で口に出し過ぎた。 立山くんは何故かがっくりと肩を落とした。やばい、わたし何か変なこと言ったんだ、多分。そうは思ったけど…、事実だし。わたしの出来る範囲で幸せにしてあげてるもん。これ以上どうしようもないよ。 酔ってるので歯止めが効かず、更に言い募ろうとしたらしいわたしを押しとどめるように彼はすっくと立った。こっちを見返りもせず、振り切るようにベッドに向かう。 「…俺、疲れた。もう寝る。おやすみ」 「えっ、まだお酒あるよ」 「やる。…なんか、もういいや。すぐ眠れそう…」 「…そう?」 やる、と言われてもどうせ飲めないんだけど、わたし。ベッドに潜り込んでこちらに背を向けた彼をしばし観察していると、そのうち本当に静かに寝息を立てて眠り込んでしまった。あまりの寝つきの良さに内心呆れなくもないが、もともと眠る前のクールダウンに付き合わされたわけだし。大体、不眠症より、いつでもどこでもすぐ眠れる状態でいてくれる方がほっとする。彼がある程度は健康でいられている証拠のような気がして。 しばらく彼の眠りが深まるまで静かに待ち、そっと腰を上げてテーブルの上を音を立てないように片付けた。手をつけてない缶をまとめ、空いた缶や瓶を軽くすすぎ、グラスを洗う。それからベッドの傍らに立ち、少し彼の寝顔を眺めた。 穏やかな表情を浮かべてることに密かに安堵する。 わたしは続き部屋を隔てているドアにそっと向かった。彼の側のドアはそのままに、わたしの側の扉を静かに閉めて内鍵を施錠する。 心の中で声をかける。…おやすみ、立山くん。いろいろ変な話をしてごめん。 今晩はどうか、このまま朝まで何も考えずにゆっくり休んでね。 大阪公演大変お疲れさまでした。 博多でのホテル入りの日。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加