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「カダルの町に入ってから、片っ端から通りを歩いているおじさま達に『お酒と料理が美味しくて、給仕の女性が若くて美人なお店は無いですか?』って聞いたのよ。三つのお店の名前が出たけど、三軒とも回ってみて、兄さんが好きそうな雰囲気はここかな~って」
笑いながら妹が事も無げに告げてきた内容を聞いて、デニスはがっくりと項垂れた。
「そんな博打みたいな事をするなと叱るべきか、それであっさり分かる程、自分の行動パターンが読まれているのかと嘆くべきか、微妙な所だな」
「そんな事より」
「ああ。公爵が首をすげ替えるつもりなんだな? 誰にだ?」
途端に顔付きを険しくし、声を潜めて尋ねてきた兄に、ユーリアは僅かに身を乗り出しながら小声で囁いた。
「詳しい話は聞いていないの。でも屋敷の内外は勿論、クレスタの街の要所に公爵家の私兵を配置して、アルティナ様が抵抗したり自棄になったりするのを、警戒しているわ」
「どこまで馬鹿かね……。アルティナ様だって、いつかは身を引く事を考えていただろうに」
「でもそれは自分以上、もしくは自分と同等の能力を持った人が、血族の中から出てきた場合でしょう? あの顔ぶれだと、当面は無理よ」
忌々しげに言い切ったユーリアを見て、デニスは思わず苦笑いした。
「お前も年々、物言いが辛辣になるな。アルティナ様の影響か?」
「余計なお世話」
そこでユーリアが頼んだ料理が運ばれて来た為、一旦会話は中断された。そして少しの間二人とも黙って食べてから、周囲の様子を窺いつつ話を再開する。
「取り敢えず、ゆっくり飲んでいる場合では無くなったな。確認するが、その中身は記章と短剣だけか?」
「アルティナ様から陛下への上申書も入っているわ。その内容に関しては、アルティナ様が毎月確認しているから、そのまま騎士団に提出して問題無い筈よ」
「分かった。それなら食べ終わったら出立するが、一度俺が泊まっている宿屋に行くぞ」
「え? どうして?」
本気で戸惑った顔になった妹に、デニスは呆れた様に指摘してみせた。
「お前、ここに着いてからずっと俺を探していたなら、まだ宿を決めて無いだろう? 今からクレスタに戻るのは無理だし、俺の部屋をそのまま使える様に主人に話してやるから。女一人だと、何かと物騒だしな」
「うっかりしてたわ……。ありがとう、兄さん」
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