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すっかり失念していた内容を認識して、ユーリアは素直に頭を下げた。それにデニスは苦笑しながら、翌日の事について付け足す。
「明日、明るいうちに、乗り合い馬車でも使って帰れよ?」
「そうするわ。兄さんも夜道、気をつけてね」
そして幾つかの相談と確認をしながら食事を済ませた二人は、デニスが使っていた宿まで行き、そこで別れた。
同じ頃、クレスタのグリーバス公爵家の屋敷では、滞在中は二階の奥まった場所に部屋を与えられたアルティナが、明かりを消した室内から、庭を見下ろしながら呟いていた。
「夜も巡回か。私一人に、随分物々しい事で」
カーテンの隙間から見える庭を、ランプを下げた兵士が横切って行くのを目にしたアルティナが、思わず皮肉っぽく呟いて苦笑する。その直後、面倒な事をさせる事になってしまった腹心の兄妹を思い出して、僅かに表情を曇らせた。
「デニスは今日中に、領地を離れる事ができたかしら?」
そしてここで気を揉んでいても仕方がないと、アルティナはベッドに戻って倒れ込み、しみじみとした口調で愚痴めいた呟きを盛らす。
「この前、ユーリアに聞かれた時、団長になるのが目標と言ったのは半分冗談だったけど、もう少しは騎士団に居座れると思っていたのに……。つくづく考えが甘かったわ。予定よりも随分早く姿を消す事になってしまったし、最後は皆さんにきちんとご挨拶したかったのに……」
そこまで言って押し黙ってから、アルティナは一転して、若干強い口調で自分自身を叱責した。
「せめて最後に面倒をかけない様に、きちんと後始末をしておかないと。だけど……、何が『稀代の天才軍師』よ。アルティナ・グリーバス。自分の尻拭いを、部下にさせる羽目になった癖に……」
苦々しげなその呟きは暗闇に消え、それを耳にしたのは発言したアルティナのみだった。
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