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「はい、藤宮様。何かご不審の点がおありでしたか?」
「先程『久々の大仕事』とか仰った様ですけど、どういう意味でしょう? 華菱さん位なら、商品が全く売れない日が続くという事は無いでしょうし」
一反売れた位でそんなに喜ぶのはおかしくないかと、不思議そうに美子が尋ねると、鹿嶋はにこやかに笑いながら詳細を告げた。
「まあ! 勿論ですわ! 日々お客様にご満足頂ける様に励んでおりますが、さすがに一度に反物が二百反売れるなんて事は、滅多にございませんので」
「にひゃっ!?」
満面の笑みで語られた内容に、美子は驚きのあまり声をうわずらせたが、桐原が冷静に先程の発言を補足訂正する。
「鹿嶋さん。正確に言えば百八十三反です。本当に、加積様からお話を頂いた途端、会計担当者が狂喜乱舞していました」
「勤めてそれなりの私でも、こんな景気の良いお話は滅多に無いわ」
しみじみと頷き合う二人を見て、美子は慌てて身を乗り出しながら、事の次第を問い質した。
「ああああのっ! ちょっと待って下さいっ! 何がどうなったら、そんな大量の着物を仕立てる事になるんですか!?」
その訴えに、鹿嶋が不思議そうな表情になる。
「加積様から、お聞きではありませんか?」
「全然、これっぽっちも、お伺いしていません!」
「昨日、加積様がご来店された折に、店の者とあれこれ見ながら相談されたのですが、『今時の若いお嬢さんがどんな物を好むか良く分からないから、取り敢えずここからここまでの物を全部仕立てて頂戴』と仰られまして」
「……はい?」
サラリと言われた内容を咄嗟に理解できなかった美子が固まったが、桐原が笑顔のまま話を続けた。
「それで『ここからここまで』と、手で示された棚の範囲に入っておりました反物の数量が、先程の数字になります」
「加積様は『これだけ作れば、一着位は気に入った物ができるわよね』と仰いましたし、私共と致しましても、より多くの品物をお買い上げ頂けるとあれば、文句の付けようもございませんので」
「ちょっと待って下さい! 私はそんな……。そもそも汚した着物のお詫びに新しい物を仕立てるというお話だったので! そんな途方もない枚数なんて、夢にも思っていなくて!」
語気強く迫った美子だったが、鹿嶋は多少困った様に小首を傾げただけだった。
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