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「そう仰られましても……、既に手付け金として二百万頂いておりますし。できれば当事者同士でご相談して頂けると、私共としては非常に助かり」
「すみません! ちょっと失礼します!」
話の途中で美子が血相を変えて席を外した途端、鹿嶋と桐原は互いの顔を見合わせて無言のままおかしそうに笑った。しかし当然美子はそれに気付かないまま、連絡先を記入してある紙を保管してある場所まで駆けていき、携帯のボタンを慌てて操作して電話をかけ始める。
(何なのよ、あの加積さんって! 常識無いの? 頭悪いの? それとも金銭感覚が緩すぎるの!? ちょっと汚したお詫びに『ここからここまで』って、有り得ないでしょうが!!)
「はい、加積です」
頭の中で盛大に文句を言っているうちに、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。その声が若い感じだった為当人ではないと判断して、焦り気味に取り次ぎを頼む。
「すみません、藤宮と申します! 桜さんはご在宅でしょうか? お手すきの様なら代わって頂きたいのですがっ!!」
「藤宮さまですね? 少々お待ち下さい」
相手が冷静に断りを入れ、保留中の電子メロディーが流れる中、美子は苛々しながら待っていたが、一分程で目的の人物が声をかけてきた。
「こんにちは、美子さん。どうかされたのかしら?」
待っている間に何とか気持ちを落ち着かせた美子は、取り敢えず喧嘩腰にならない様に気を付けながら言葉を発した。
「お忙しい所、申し訳ありません。あのですね……、今自宅に華菱さんから、営業と採寸担当の方がお見えになっているんですが」
それを聞いた桜が、不思議そうに尋ねてくる。
「あら? その人達が美子さんに、何か失礼な言動でも?」
「いえいえ滅相もありません! そうではなくて、何故か二百着近くの着物を仕立てる話になっているんですが?」
「ええ、そうお願いしたもの」
(サラッと言わないでよ。お願いだから!)
平然と返された言葉に、美子は思わず床に蹲りそうになったが、気力を振り絞って話を続けた。
「あの、加積さん? 私は本当に一枚だけのつもりで、お話を受けたのですが?」
「たくさんあっても、腐る物では無いでしょう?」
「手入れが行き届かなくて、虫に食われたり刺繍が解れたり色が褪せる可能性はあります」
「それもそうね。でもたくさん作ったら、全体数で見れば被害は少ないんじゃないかしら?」
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