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淳が職場の机で翌日の調停に必要な書類を纏めていた時、ワイシャツの胸ポケットに入れておいた携帯電話が音も無く震え、メールの着信を知らせた。何気なくそれを取り出して内容を確認した淳だったが、友人からのその内容に、僅かに顔を顰める。
(秀明? あいつがわざわざ、こんなメールを送ってくるとは……)
現在時刻を確認した淳は、数秒考え込んでから立ち上がり、手に取ったジャケットを羽織りながら周囲に軽く会釈して歩き出した。そして雑居ビルのワンフロアを占めている勤務先の弁護士事務所を出て、若干冷気を感じる廊下を進み、突き当たりの大きな窓の前に立つ。淳はそこで外の景色を眺めながら携帯を取り出し、秀明に電話をかけ始めた。
「秀明。聞いていた予定だと、そろそろ搭乗手続きをする頃じゃないのか?」
それほど待たされずに電話に出た秀明に淳が不思議そうに尋ねると、苦笑気味の声が返ってくる。
「実は今、ゲートの前なんだが……、どうにも嫌な予感がしてな。仕事中に悪かった」
「ちょうど一息入れようとした所だったから、そこは気にするな。それで? メールに『彼女の身辺に気をつけてくれ』と書いたって事は、嫌な予感ってのは美子さん絡みなんだよな?」
一応確認を入れてみると、肯定の言葉が返ってきた。
「漠然とだがな。自分絡みだったら、迷わずフライトをキャンセルするところだ」
「洒落にならん事を言うな」
これから長時間飛行機に乗ろうって奴が何を言っているんだと半ば呆れながら、淳は困惑気味に話を続けた。
「だが、あのいけ好かない一家はつい最近関西に追い払えたし、彼女の従弟は国外に出ちまったそうだから、差し当たって美子さんが面倒事に巻き込まれる可能性は低そうだがな。そもそもお前も、一ヶ月したら帰国するし」
「確かにそうなんだが……」
どうにもすっきりしない物言いを続ける親友を安心させる様に、淳は笑いながら請け負った。
「まあ、そういう時のお前の勘を無視すると酷い目に遭うって言うのは、誰よりも俺が一番分かっているからな。美実とこまめに連絡を取り合って、何かある様なら俺ができる範囲で手を打つさ。あまり心配しないで行って来い」
「ああ、お前に任せておけば、大抵の事は対処できるだろうからな。宜しく頼む」
いつになく神妙な口調で告げてくる悪友をからかうべく、ここで淳は軽口を叩いてみた。
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