第1章 美子の失調

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 素直に座り直した姉に向かって、美恵は子供に言い聞かせる様に告げた。 「だから、江原さんの事でぐだぐだしてて鬱陶しいのよ。何とかして」 「何とかしろと言われても……。悪いのは向こうだし」 「何があったの?」 「また求婚されて、例の指輪を渡されて、1ヶ月の海外出張に出掛けてそれっきり」 「なるほどね」  美恵の物言いにムッとしながも美子が端的に告げると、その表情を見て納得しながら、美恵が質問を続けた。 「一応聞くけど、あの男、これまでみたいに利害関係とか面白半分で、姉さんに結婚を申し込んだと思う?」 「一応、真面目に申し出たと思うわ」  慎重に応じた美子の台詞を聞いて、美恵は軽く両手を広げながら誉め言葉らしきものを口にする。 「それはそれは。姉さんにそう思って貰えたなら、格段の進歩よね」 「……嫌味?」  美子が軽く睨んでも、美恵はそんな事は全く気にせずに話を続けた。 「こんな事で嫌味を言ってどうするの。それで? それを受けるの? 断るの?」 「そんな事を言われても……」  明らかに困惑顔になった美子を、美恵はそれ以上追い詰めたりはしなかった。 「姉さんは一見、常識人だものね。姉さんからしたら、一足飛びに結婚は無いか……」 「何なの? その『一見常識人』って」 「江原さんを釣り上げた時点で、平凡な一般人と言えない事位は自覚して」  容赦なく断言されて、美子は「釣り上げてなんかないし」とぼそぼそと口の中で呟いたが、面と向かっての反論は避けた。すると美恵が苦笑いしながら、ある事を言い出す。 「因みに、この前の俊典さんとの事だけど。話が持ち上がった時、結婚しても構わないとか、結婚を前提にお付き合いしようとか思った?」  唐突な話題の転換に、美子は何事と思いながらも、真面目に答えた。 「いいえ? 思わなかったけど?」 「即答っぷりが清々しいわね。姉さんらしいわ。だから、そういう事なんじゃない?」 「何が『だから』なのよ? 分かる様に話して」  次第にイラッとしながら説明を求めると、美恵は苦笑いの表情のまま当然の如く言い聞かせる。 「だから江原さんの場合、即答でお断りじゃないって事でしょ? そりゃあ、あの人が相手だと普通一般的な夫婦像なんて想像できないけど、姉さんだって色々規格外なんだし、頭の中で色々を小難しい事を考えないで、勢いに任せて動いてみたら?」
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