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処置室の、程良い室温と湿度が心地よかった。
時折小さくカチャカチャと金属の触れあう音がする以外は、何も聞こえない。
重くなる瞼に抗って、目の前を動く男の顔をぼんやりと目で追うと、その視線に気付いたのか、男がリクに顔を近づけてきた。
「気持ちいい?」
内科医は優しく笑って、ベッドに横たわるリクにそう訊いた。
「君のはね、バカなダイエットし過ぎて倒れた女の子並の血液データだよ。見る?」
荻原(おぎわら)という30歳半ばのその医師は、リクの左腕の点滴の針を確認しながら、軽い調子で付け加えた。
リクは笑って首を横に振る。
「でも、この診療所に来てくれて良かったよ。ひどい脱水症状まで起こしてるから、このままじゃ明日の朝は目覚めなかったかもしれないよ」
リクが返事に困っていると、薄いカーテンの向こうで聞いていたらしい看護師が、声だけで「先生!」と、たしなめた。
さすがに不謹慎だと感じたらしい荻原医師は、端正な顔を少し歪ませ、神妙な顔をして「ごめんね」と言った。
北欧の血が混ざっていそうな大きな凛々しい鼻と、がっしりした顎。
唇は薄いが独特の色気がある口元は、医師と言うよりも舞台役者という感じだった。
スポーツ選手のように太い首。体つきは、白衣の上からでも逞しさが感じられる。
「気にしないでください」
リクは薬のせいか、いつになくフワフワした体をベッドに横たえながら、透明な点滴のパックを見つめた。
確かに医師の言う通りかもしれない。
そろそろ体が限界に来ていることは、リクにも分かっていた。
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