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「知ってる? 本当はこんな点滴で充分な栄養なんて取れないんだよ。こんなのただの生理食塩水とブドウ糖だ。ちゃんと生きたいと思うなら、口から栄養を取らないとね。辛くても」
時折何かの端末に打ち込みをしながら独り言のようにそう言うと、荻原は再びリクを真上から覗き込んだ。
そして、開いたシャツから覗くリクの鎖骨の中程に、中指をトンと置いた。
「言うことを聞かないと、次はここの中心静脈から特太の針刺して高カロリー輸液することになるよ。いい?」
「……それは、ヤだな」
リクが困ったように小さく笑うと、荻原はやっと満足したらしく、カルテを書くために隣の診察室に戻っていった。
別の処置室では、老人に優しく話しかける看護師の声が聞こえる。
そんな声も、微かな消毒液の匂いも、すべて心地よかった。
瞼が重い。睡魔が泥のようにのし掛かってくる。リクは眠りを振り払うように激しく首を振った。
手にギュッと力を入れてみる。眠りたくない。
こんな場所で眠ると、自分がどうなってしまうのか不安で、堪らなく恐ろしかった。
その反面、このまま睡魔に任せて穏やかに眠れるのならば、もう目覚めなくてもいいとさえ思う。
「力を入れたらダメだよ。液が入って行かないから」
いつの間に戻って来ていたのか、荻原がドアの横に立ち、呆れ顔でこちらを見ていた。
「……すみません」
「君……岬くん」
「はい」
「君はね、多分、受診する科を間違えたよ」
リクは黙ってそのがっしりとした医師を見つめた。
また何かの冗談を言ってるようには見えなかった。
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