第14章【残虐なる正義・静謐なる旋律】

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壁から手を離してしまえば、たちまち家を見失ってしまいそうで、汗ばむ手を壁に押し当てながらゆっくりと進んだ。 靴が土を踏む固い音と、少し乱れた息遣いだけが耳を支配する。 ヒューゴおじさんが早く帰ってきてくれれば。 ……でも、私が勝手に外に出ていることがバレたら。 お願いだから誰にも見つかりませんように。 そう頭の中で繰り返しながら、私は、歩き慣れたはずの裏庭を歩いていった。 霧がなければあっという間にたどり着くはずの物干し場は、いくら歩いてもなかなかたどり着かない。 深い霧が、私に不思議な魔法を掛けているようで、息苦しさに思わず顔を仰ぐ。 「…………あっ」 どのくらいあるいただろう、霧の中に見慣れた物干し場のポールが見えて、私は慌てて駆け寄った。 さっき洗ったばかりの洗濯物は、相変わらず同じ場所に干されたままだ。 手近にあった洋服と下着をもぎ取ると、私は急いで元来た道を戻り始めた。 冷たいシャツを胸に抱え、今度は壁に手を当てないで小走りに進む。
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