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「これを、直して下さい」
差し出された破片を見て、青年は頭を掻いた。直径一センチ弱の、何かしらの破片。
元は金色に近かった鮮やかな色だったのが色褪せ、肌色に近くなっている。青年は困惑の表情を浮かべた。
「これは?」
「懐中時計、だったものです」
懐中時計、と青年は低く繰り返した。破片を直視する。
文字盤も短針も長針も、秒針だって存在しない。背面の一部から、かろうじて「A」の文字が読み取れるぐらいだ。
「これは、彼女との思い出の時計なんです」
破片から顔を上げた。
「僕の祖父が時計屋を営んでまして、そこに初めて彼女と訪れた時に祖父が感激して、『孫が初めて彼女を連れてきた。これはめでたいことだ』みたいなことを言って、『二人の時が永遠に続くように』って一ヶ月かけて、この懐中時計を作ってくれてプレゼントしてくれたんです。二人で大事に使えって。背面には訪れた日とA・Iと僕と彼女の苗字のイニシャルを彫って」
「AとI……愛、なんですね」
「はい。祖父もそこに食い付いてました。『この時計も二人のように愛してくれよ』なんて臭い台詞を言ったりして。でもその祖父も、これを作った半年後に亡くなって。世界で一つの懐中時計で、形見でもあるので大事に扱ってきたんですが……」
「彼女さんが壊してしまった?」
「そうです。いえ、正確には、ここ、らしいです」
「……」
青年は露骨に、肩を落とした。悄然と、やるせない気持ちに襲われる。
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