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晃司は、怒らなかった。ただ、悲しげに微笑んでいた。
「……駅まで、結構あるな。やっぱ俺たちもタクシー拾おうぜ」
晃司が歩道の端に立ち、タクシーを探す。しばらくそうしていると、タクシーが一台通った。
素早く手を上げ、タクシーが止まる。そのタクシーに、晃司は大輔を、大輔だけが乗るよう促した。
「……お前んちの方が遠いだろ、先に乗れよ」
そう言って、晃司は大輔をタクシーに押し込んだ。
大輔は、晃司さんも、とは言えなかった。
忙しいだろうタクシーは、すぐにドアを閉め、走り出した。
タクシーの中は、冷房が強すぎる気がした。肌寒く感じたのは、きっと気のせいではない。
「……どちらですか?」
運転手が、ミラー越しに無愛想に聞いてくる。大輔は自宅の住所を伝えながら――泣き出した。
「お、お客さん?!」
「すい、ません。なんでもないんです。気分が悪いとこじゃ、ないんで……行ってください……」
それだけ言って、大輔は顔を手で覆った。運転手に気まずい思いをさせて申し訳なかったが、耐えきれなかった。
泣きたいのは、一人で置き去りにした晃司なのに――。
大輔は、選べない自分を嫌悪し、憎み――愛しい人を思って泣いた。
もう、わからなかった。自分の気持ちも――恋人の本当の心も。
夏の夜。大輔は、恋の迷宮に堕ちた。
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