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穂積はまるでそこに大輔と晃司がいないかのように二人を無視し、桂奈を引きつれO南署の敷地を出た。O南署を出ると割と広い幹線道路で、タクシーはすぐに掴まった。二人はサッサとそれに乗り込んだ。
桂奈は何度か大輔と晃司を振り返ったが、穂積は一度も二人を――大輔を見なかった。
胸がチクリと痛んだ。
穂積が気を利かせてくれたのだとわかる。それなのに、落ち込む自分に大輔は嫌気が差した。
「……俺らはどうする?」
未練たらしく穂積が消えた方を見ていると、聞き慣れた低くて優しい声がした。
晃司を振り返る。晃司は目を伏せ、その表情が窺えなかった。
「俺らも、タクシー拾うか? それとも……」
「近くの駅まで、歩いても二十分ぐらいですよ。……歩きませんか?」
大輔は、桂奈の助言を実行することにした。
晃司とちゃんと話をする。
晃司はやっと顔を上げ、大輔を見た。
奥二重の目の奥に、戸惑いと優しさが見て取れ、大輔は切なさが増した。
二人は少し距離を置いて並んで歩き出し、O南署から五分ほど歩いた頃、晃司が重い口を開いた。
「なんか……悪かったな」
幹線道路は、夜でも通行量が少なくなくて、車の音で晃司の声がかき消されてしまいそうだった。
大輔は耳を澄まし、愛しい男の声に集中した。まだ、恋人との距離を縮める気分にはなれなかった。
「穂積とのこと……隠すつもりはなかったんだ。昔のことだし、忘れてたし……お前に話す必要性をまったく感じてなかったんだよ。でも……知らされたお前は、気分が悪いよな」
桂奈の言う通り、今回の一番の被害者は晃司なのかもしれない。晃司は悪くないのに、大人になれない大輔に責められている。
「お前を傷つけたと思うと……自分の軽率な行動に腹が立つよ」
晃司の言葉に嘘はない。優しい男だから、恋人が勝手な理由で傷ついても、それでも罪悪感を覚え――自分も傷つくのだろう。
「ごめんな、ロクでもない男で」
悲しげに笑い、晃司が大輔を見る。
大輔は足を止め、こみ上げる涙を我慢できなかった。
「大輔?」
驚いた晃司が大輔に一歩近づく。
「来ないでください!」
この一言が、どれだけ晃司を傷つけただろう。わかっているのに、大輔はそう言い放った。
まだ――晃司の体温を受け止める自信がない。
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