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「……俺、晃司さんと香さんのことを知って……ショックで一人で耐えられなくて……桂奈さんに話しちゃいました」
大輔は晃司を見ることができなかった。彼の傷ついた顔を見たくなくて、晃司の疲れた革靴の先を見つめ、一方的にまくし立てる。
「桂奈さんに言われました。ウッカリ口を滑らせた管理官は悪い。でも、管理官はちゃんと俺に謝罪した。そして小野寺さんは……そもそも俺に謝らなきゃいけないことしてないって」
「……んなことないだろ、俺がだらしないせいでお前が……」
「でも! 二人のことは俺が二人に会う、ずっと前のことです。桂奈さんの言うことはもっともなんです。俺が……子供で……許せないだけで……」
急に、冷たい風が二人の間を流れた。関東の夏の夜に、こんな風が吹くなんて――。
「……別れたいか?」
先にその言葉を口にしたのは、晃司だった。
大輔はバッと顔を上げ、大きく首を振った。
「別れたくなんか、ないです!」
晃司に訊かれて、強く思った。
晃司と、離れたくない。晃司を失いたくない。
晃司が、弱々しく笑う。
「……やべ、嬉しい。まだそう思ってくれてんだな」
そんな優しい声で、そんな悲しいセリフを言わないでほしい。
大輔は小さく首を振った。
「でもまだ……なんも知らなかった時みたいには、俺は、できません。だから……少し時間をください」
それでどうなるのか、自分でもわからない。けれどまだ、今まで通りには振舞えない。
「俺のこと……好きか?」
大輔は大きく頷いた。晃司が悲しそうに微笑む。
「……穂積を、好きなのか?」
大輔は心臓を打ち抜かれた気がした。
目の前にいる愛しい男は――穂積を抱いた男。
大輔は、嫉妬した。恋人であるはずの晃司に。
大輔が抱きたくても抱けなかった穂積を、晃司は抱いた。
大輔は男として、晃司が羨ましくてたまらなかった。
あのきれいな人を、その手に抱いた男が、妬ましい。
自己嫌悪する。そして、この怒りの正体を理解する。
誰でもない、大輔は自身に怒っていた。
晃司に抱かれた穂積に嫉妬し、穂積を抱いた晃司に嫉妬する。あまりにも強欲な自分自身にこそ、激しく憤っていたのだ。
大輔は、大人にも――悪い男にもなれず、晃司の言葉を否定できなかった。
違う。という一言も口にできず、晃司を傷つけた。
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