【第4話】第2のスイッチ

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「カール? 入るよ?」 何度呼んでも気づく気配のないカールに痺れを切らし、ルイはドアノブを捻り中を覗く。 むわっ、と篭った空気と、室内に満ちた音が隙間から溢れ出た。 中には一心不乱にバイオリンを弾くカールがいて、ルイは再度声をかけようと口を開く。 そして、言葉を失った。 無機質。 形容するなら、その言葉が一番ふさわしい。 練習は嫌いでも、バイオリンは大好きなカール。だからいつだって楽器を弾いているときはきらきらと瞳を輝かせ、その喜びを全身で享受していた。 荒削りな技術に眉根を寄せる者も多かったが、その自由さから生まれるのびのびとした音楽には魅力を感じずにはいられない。 だから試験の成績こそ中の上あたりであるものの、すでに国内には根強いファンが存在していた。 そんな彼が、今は機械のような表情でかじりつくように弦を擦っている。 明らかに異様な光景に首筋のあたりがぞわりと逆立つのを感じながら、カールの弓と、指の動きを目で追った。 そして、あることに気づいた。 ―――これ、曲じゃない。音階(スケール)だ……! 音階(スケール)とは、ある決まった音程によって楽音を順次に並べたもので、楽曲を作るもととなるものでもある。 カールが弾いているのは、その中でも一番の基本である『ドレミファソラシド』を基準とした、全30調のスケール。 それもそれぞれ分散和音や半音階(クロマティック)など6種類の演奏法で、ひたすら全ての調をなぞっていた。 スケール練習は基礎を身につけるには最適の方法であり、ヴィルトー志願者達はその道を避けて通ることは出来ない。だがその練習法はあまりにも単調であり、しかも地獄のように長い。 カールが最も嫌い、また絶対に手をつけない練習法のはずだった。
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