貧乏神

2/2
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
「貧乏神の姿が見えたら、そこはもうおしまいなんです」  酔いのせいで饒舌に与太話をする後輩に、こちらも酔っているのでそうかそうかと相槌を打ち、満足するまで貧乏神とやらの話を聞いた後、俺達はそれぞれに帰路に着いた。  でも、この貧乏神話は、この時だけでは終わらなかった。  仕事の後輩だから、出社中は近くにいるし、一緒に飯を食う機会も多い。そうやって行動を共にしている時、たまに後輩が俺に向かって言うのだ。 「さっきの店、もう長くないですよ」 「ここの会社…先がないです」 「今、楽しそうに親子連れが入って行った家…お子さんにかわいそうなことになっちゃいますね」  頻繁ではないが、時折つぶやかれる報告。それだけなら、また与太話かと聞き流せたが、後日、飲食店の店先に閉店のお知らせが貼られていたり、どこぞの会社が倒産したという話を聞いたり、夜逃げした家族の噂を耳にしたりしたら、さすがに信じざるを得なくなる。  貧乏神とやらは本当にいるのか?  相槌を打つものの、完全に聞き流していた話に信憑性が出て、もう少し詳しく話を聞いてみたいと思うようになった時だった。  件の後輩が、いきなり部長に辞表を提出したのだ。  理由は、実家でゴタゴタがあって帰省しなければならないというもので、みなそれに納得したが、そこそこ仲がよかったのに一度もそんな話を聞いたことがなかった俺は、どうしてもその理由に納得できなかった。それに、別の懸念もあった。  俺のそんな考えを見抜いたのか、周囲に人のいないタイミングを見計らって俺の側に寄って来た後輩が、ごくごく小声でぼそぼそと語った。 「先輩には凄くお世話になったし、例の話、信じてくれたから、本当のこと教えておきますね。…この会社、もうダメです。先週から屋上に貧乏神が現れて、動く気配がないんです。しかも一昨日から楽しそうに踊り出して…ああなった時は、単に倒産や閉店じゃすまなくて、社員にも被害が及びますから、先輩も、 なるべく早くここを離れて下さい」  ああ、やっぱりか。俺としては、後輩の突然の退職理由はそれの方がしっくりくるよ。  …とりあえず今日の帰宅時に、就職情報誌を色々持ち帰るとしよう。 貧乏神…完
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!