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「……でもマジで、早く来ておいて良かった」
「え?」
聞き取れないような声で棗くんが何か呟いたから聞き返すと、棗くんは「何でもない」と素知らぬ顔で答えた。
「……ちょっと早いけど、花火見える所まで移動するか」
「あ……うん」
棗くんは私に背を向けて歩き出した。
その背中を追いながら、ワガママな欲望が顔を出す。
浴衣姿…一言でいいから、何か言ってほしかったな。
可愛いね、なんて言ってくれなくてもいい。
だけど、『今日浴衣着てきたんだね』くらい欲しいだなんて思ってしまう。
棗くんは普通の私服姿。
棗くんの後ろを歩く私は、張り切って浴衣姿。
わかってる。
棗くんが私の浴衣姿に何の興味もない事くらい。
だけど一切浴衣に関して触れられないと、自分の張り切りが余計惨めに見えてくる。
……やっぱり、私服で来た方が良かったかな。
そんな事を思いながら歩いていると、少し前を歩いていた棗くんの足がぴたりと止まった。
そして、振り向いた棗くんと思いきり目が合った。
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