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その時間帯はまだ社員たちは出社しておらず、活気があるのは社員食堂の厨房
ぐらいだ。
あと、清掃会社の清掃員が何人か。
その清掃会社の制服の中の一人に彼の姿を見つけたのだった。
彰悟はその青年の名前をはっきり覚えていない。
確か名前に『鷹』という字が入っていたはずだった。
彼のまさに鷹のような大きな黒目や強いまなざしと
結びついてそれだけは記憶にあるのだが、
あの事件の際のショックの大きさや
その後の目まぐるしさから、
それ以外は霞のかかった靄の中だ。
もしかしたら無理にその靄の中に彼らのことを押し込めてもいたのかもしれない。
彼は二年前、彰悟の家族を襲った悲しい事件に強く結び付いている。
だから、黙々と掃除をしている青年が、
あの時の高校生だと気が付いた時には彰悟の心臓は文字通り「ドクン」と音をたてた。
彼を憎んでいたわけでも恨んでいたわけでも無かったはずだが、
心はなぜか緊張し、もちろん声を掛けることはできなかった。
むこうも声を掛けられたらきっと気まずい思いをするだろう。
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