父と母の悲恋

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短大の2年に進級した頃、 綾乃は父の勝造から山城家の跡取り息子と見合いをするように命じられた。 綾乃はけんもほろろに「嫌です」と断った。 口答えする娘に父は怒りを露にする。 実は勝造の方には綾乃の見合い、 しいては結婚を切望する事情があった。 このところ繊維業界は安い海外製品に押され業績が振るわず、 伝統を重んじるあまり革新的な経営方針を打ち出せなかった父の会社は、 巨額の資金投入が必要な状況に追い込まれていた。 しかし、目新しい改善策を示せない会社に銀行の腰は重い。 かねてより金融業を手広くやっている山城家の三代目で 今は専務をやっている憲悟が、 町一番の美人とうたわれる綾乃に強い興味を示しているのは知っていた。 商工会などで顔を合わせる度に憲悟は 「華道展でお見かけした」やら 「お茶席でご一緒したがとても美しい所作で感心した」 など何かにつけ綾乃の話を振ってくるのだ。 今や不動産業にも手を広げ、 町一番の資産家である山城家と姻戚となれるのであれば、 これより心強いものはない。 更に、憲悟の叔父は県会議員でもある。 そちらとの繋がりも太くなれば願ったりかなったりである。 綾乃にとっても山城の若奥様の座に収まるのは悪い話ではないはずだ。 憲悟はなかなか優秀な男だと聞く。 何が気に入らないのだ。 まだ19なので、学生生活を楽しみたいのか。 それならば先に婚約だけしてしまって、 結婚は卒業するまで先方を待たせれば良いのだ。 あの憲悟の様子ではその条件を飲ませるのもそう難しくないかも知れない。
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