父と母の悲恋

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範子は妻の年の離れた妹で今は綾乃の茶道の師匠でもある。 妻は範子を大変可愛がっており、 赤ん坊のころから身近に接していた綾乃もとても懐いていた。 範子には当時好きな男がいたようであったが、 親戚縁者に勧められた縁談を断わりきれず、 大きな商店の二代目と結婚した。 相手の男と商工会で顔見知りであった勝造も強く推したのだ。 しかし、夫となった男は仕事がうまく立ち行かなくなると 酒を飲んで暴れる酒乱であった。 とうとうある夜、家で包丁を振り回し、 範子の頭と顔を切りつけた。 そのせいで、範子の顔には今でも大きな傷が残っている。 挙句の果てに、その男は売春宿の風呂で、 ガス釜の不完全燃焼による一酸化炭素中毒で 売春婦と共に事故死するという大失態を犯した。 その醜聞が範子をひどく傷つけたであろうことは想像にかたくない。 その後、範子はその家から籍を抜き旧姓にもどり、 茶道の師範として一人で暮らしている。 「あれはたまたま運が悪かったのだ。 とにかく、お前は私の言うことを黙ってきいておればよいのだ!」 「お断りします。」 綾乃はつんとそっぽを向き、席をたった。
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