鉄火場

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封筒を握り締めながら、目の前に広がる大きな楕円形のターフを一望する。 競馬場。 テレビで見たことがある人は多いだろう。 そこはファンからは鉄火場と呼ばれる。 走らされるために生まれてきた競走馬達が命を削り、そして観客はお金を賭ける。 毎年生まれる七千頭の内九割が処分されるという厳しい現実が、よりレースで走る馬達に熱いものを抱かせるのだ。 そして今日、銀行にある全てのお金を引き出してきた雅之もその内の一人だった。 夢と希望を託してこれまで沢山のお金を賭け、その多くを失ったーー 一年前に遡る。 親が亡くなり遺産を相続し、雅之は一千万円もの大金を手に入れた。 親が亡くなった時はそれはそれは泣き喚いたものである。 しかし数日が経ち、さらには数週間が経ち、一ヶ月も過ぎた頃には彼はこのお金を如何に使うかという事を考え出すようになっていた。 当時、歳は三十になっていた雅之だったが、まだ結婚もしておらず独り身であったため、お金を使う機会は休日のギャンブルぐらいしか無かった。 もちろん付き合っている女性がいた訳でも無い。 平日朝早くから夜遅くまで仕事をし、稼いだお金で休日にギャンブルで憂さ晴らしをする。 それが習慣化していたが、この時はまだ賭ける額は小さなものだった。 給料がそんなに多い訳でも無く、さらにそこから切り崩して、普段の生活費や車のローンを払わなければいけなかった為である。 しかしそんな雅之に、突然大きなお金が一気に舞い込んできたのである。 それは一枚一枚に親の汗水がびっしり付いた、なんとかまだ結婚もしていない雅之に残してやろうという親心の籠ったお金であり、もちろん雅之もそれを理解していた。 このお金、どうするべきか。と雅之は悩んだ。 結婚費用として貯金をしようかとも考えたが、顔が整っている訳ではなく、引っ込み思案で臆病者の雅之は、自分が結婚式を挙げている姿を全く想像出来なかったのである。 いつまでも結婚せずにこのお金を置いたままにして、そのままいつかパッタリと死んでしまったら元も子もない。 そう考えた雅之は、結婚資金として貯金をするというのは止そうという結論に至った。
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