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「僕、じゃあね」
言いつつ恵理子が小さく手を振ると、男の子は体をぶつけるようにして恵理子に抱きついた。
「……ありがと」
照れくさそうに呟かれた声はどこか優しく、正樹は胸の奥が切なげに音を立てるのを聞いた。
「……お兄ちゃんも、ありがと」
ハッとして顔を上げると、男の子は小さな手をブンブンと振った。こんな至近距離でそんなに必死に振らなくても、と思うが、男の子は笑って手を振り続ける。――薄暗い空気を追い払うように。
「腕、もぎれちゃうよ」
正樹が笑って言えば、「もぎれたらくっつければいいんだよ!」と笑って返す。
「あ、もう帰んなきゃ」
急にそう言ったかと思うと、男の子は踵を返して神社の奥へと走っていった。途中で一度振り返り、「バイバイ!」と手を振る。
「早く帰りなって」
正樹が言うと、男の子は素直にコクンと頷き、再び走り出した。恵理子みたいだな、と思いながらその小さな背中を見送り、――その背中が見えなくなる直前、「もう迷子にならないでよー?」と恵理子が叫んだ。小さな背中はこちらを振り返ることなく、杉林の向こうへと消えて行った。
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