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* * *
夕暮れが、そっと空を染めていく。少し涼しい風が、正樹を包み込むように吹いていた。雨上がりの匂いが、鼻を掠める。
「……あの子、一家心中で亡くなったんだって」
珍しくゆっくりと歩く恵理子が、沈んだトーンで言った。ガサゴソガサゴソと鳴るビニール袋の音も、どこか暗く聞こえる。
「三年前だって」
「……そっか」
恵理子の背中が、小さく震えているのを見た。――出てきた彼らには必ず何かこと情がある。それを知ったうえで「還す」のは、少なからずどこか切なかった。
「誰かに恨みがあって出てくる人だけじゃないのよね」
恵理子が足を止め、こちらを振り返った。そして小さく微笑み、「あの子みたいに、誰かと遊びたいと思って出てくる子もいる」と続ける。
「……うん」
「あーあ、なーんか切ないね」
湿っぽい空気を変えるように、恵理子は明るい声を出した。そして「ううーん」と伸びをして、「いい運動になったかも」と微笑む。
――恵理子はいつだって真剣だから。
抱えるものも感じるものも、きっと人一倍多いんだろう。笑ったり怒ったりするだけじゃない。きっと人一倍悲しみもあるはずで。
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