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その後も二人は滑り台の前にしゃがみ込んだまま、ゆっくりとしたペースでお喋りを続けていた。恵理子の、普段とは違う優しい接し方を見て、
――大人気ないとは知りつつも、軽く嫉妬する。
いつもはサークルで真面目に絵描かないと怒ってたくせにさ。軽く心の中で毒づく。
正樹がお菓子ばかりつまんで、キャンバスに何も描かないでいた時なんて、となりの恵理子が下描きに使っていた鉛筆で、横っ腹を軽く刺してきたのだ。
(痛ったぁ! 鉛筆は無いでしょ鉛筆は! しかも先っちょ!)
正樹は抗議したものの、恵理子はキャンバスに鉛筆を走らせながら、(お菓子ばかり食べて絵を描かないのが悪いんでしょ?)と涼しい顔で反論したのだ。
だが今目の前にいる恵理子は、サークルの一部から「鬼部長」と呼ばれていたとは思えないほど優しい表情で男の子と喋っている。
「あ、」
不意に、恵理子が声を上げて正樹の方を振り向いた。
「ちょっとジュース買ってくるね」
「えぇ、買ってきたジュースで良くない? わざわざ買いに行くの?」
「だめだめ。すぐ戻ってくるから。……あそこにいるお兄ちゃんに遊んでもらって?」
恵理子は男の子の背中をこちらに押すと、「すぐ戻ってくるから」と再び言い、こちらに背を向けて公園の外へと駆けて行った。その気配りの細かさといい、表情の柔らかさといい。高校に進学するまで保育士になるのが夢だったという彼女らしいな、と思った。と同時に、どうしてそれをサークルでも出せなかったんだと不思議に思う。
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