0人が本棚に入れています
本棚に追加
正樹と目が合うと、男の子はてくてくとこちらに歩いてきて、ベンチに飛び乗った。その小さな手には、いつの間にかぺんぺん草が握られていた。正樹がランドセルを降ろしてやると、男の子はベンチに深く座り、短い足をぶらぶらとゆらす。
広々とした公園。
雨上がりの匂いを運ぶ風。
その風にゆられる草木。
迷子の男の子は、風にゆられる草木に合わせるように、上半身をゆらゆらと動かした。
「ねーねーお兄さん」
「お兄ちゃん、で良いよ」
正樹が微笑みながら言うと、男の子もつられたように無邪気に笑った。そして体をゆらしながら、真っ青な空を一直線に飛んでいく飛行機を眼で追い始める。ゴオオオ、という低い音を引き連れながら、ベンチのうしろの方へ向かって飛んでいく飛行機。男の子は小さく口を開けたまま、ベンチの背もたれに凭れ掛かるようにして飛行機を追った。
ぐぅーっと背もたれに上半身をあずけて仰け反っていたが、疲れたのかしばらくすると再び体を戻し、足をゆらし始めた。
「お兄ちゃん、好きな人いるのー?」
蒸し暑い風が、頬を撫でる。
「君はいるの?」
言うと、男の子は表情を変えず、「なにいってるの? 当たり前じゃん」と言った。俺たちの頃は当たり前じゃなかったんだよ、と返す気にもならず、「どんな子?」と言ってやる。
「すっごくかわいいよ、でもね、虫がキライなんだって」
確か恵理子も虫嫌いだったな、と思い、正樹は微笑んだ。「へぇー、虫嫌いなんだ」
「ねーねーお兄ちゃん、虫好きぃ?」
「ちっちゃい頃は好きだったよ」
「いまはー?」
「今はあんまり好きじゃないかなぁ」
「お兄ちゃん、好きな人いるのー?」
無限ループか、と正樹は思わず苦笑を漏らした。
最初のコメントを投稿しよう!