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01 戦場
水平線は緩やかな曲線を描き、"黒鉄 識"の眼前に広がっていた。
頭上には、自らの錆を食らう機械鳥が群れを成している。度々キリキリとゼンマイを巻く音が降り聞こえるのは、この十時間の内にすっかり慣れてしまった。
黒鉄が手にしている紙は、タイタニア学園の合格通知だ。妖精に関する世界的にも指折りの学習機関であり、学校の設立された人工島は、多種多様な個体の見られる、妖精のガラパゴスとも呼ばれている。
ぼんやりと遠くを見つめている。胸元のペンダントを軽く握り、真ん中にはめ込まれた緑色の"妖精珠"を親指で撫でた。
――何時か、取り戻しにおいで。
忌まわしく、優しくも悍ましい、無力の記憶。ブラックスーツを着てシルクハットを被った、マネキンのように滑らかな顔をした紳士の姿。
帰ってきたのだ。この島に。その現実は黒鉄の胸を締め付け、多大なプレッシャーとなって両肩にのしかかる。
母親は猛反対した。父親は渋々といった表情だったが、認めてくれた。
《間もなく、タイタニア学園前、タイタニア学園前ー。お忘れ物のございませんよう――》
背中を伸ばし、ごきりと首を鳴らした。甲板からゆっくりと船内へ入り、宛がわれた自室へと戻っていく。
「絶対に、連れ戻す」
決意のささやきは、ゼンマイの音にかき消される。潮騒の雨を浴びながら、船は人工島へと近付いていく。
陽光はまぶしく、彼らの門出を祝福していた。
「よく来てくれた、総員百名の合格者諸君」
入学式はそんな校長の挨拶から始まった。
年は若い。おそらくは三十台だろうか。傍らには微かに発光する長身の女性が佇んでおり、彼がかなり高い練度を持つ"術師"であることは、その場の全員が理解していた。
「君達がこれから三年間で学ぶのは、"妖精を倒す方法"ではなく、"妖精を御する方法"だ。そもそも彼らを殺す、消滅させるということは、人間の手では不可能だ」
それは、妖精とはこの世に存在するあらゆる事象の具現であるからだ。水面に月が映るのも、日が落ち、月が顔を出すのも、人間が年を取り、死んでいくのも。その全ての陰に、妖精は存在する。
「彼らは最も人間を殺してきた天敵であり、同時に最も人間を生かしてきた友人だ。だから、俺達は奴らと"うまくやっていく"他にない。それが、人類の選択だ」
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