01 戦場

12/25
前へ
/39ページ
次へ
 淡い黄緑色の光の枝が、空へ根を張り、侵食する。サイレンに触れるとその部分が球形に広がり破裂し、その身体を水の粒子へと還した。  黒鉄の指揮で光の枝は天を覆う様に広がり、砂浜全てを攻撃射程へと変えた。枝が地面につくとそこから再び光の円が浮かび、索敵の枝が張り巡らされていく。 「(……いない)」  既に去った後なのだろうか。これだけの群れを統率するには、遠隔命令では不十分だ。群れに細やかな命令を実行させるには、近くから持続して指示を渡し続ける必要がある。サイレン達は統率された動きをしていた。獲物を狩る肉食動物の如く、徐々に包囲網を狭めて黒鉄の動きをコントロールしようとしていたのだ。  しかし、命令可能な距離には人ひとりいない。否、サイレンへ命令を与えた時の力の残滓は、かなり希薄ではあるが残っている。その術師は確かにそこにいて、黒鉄に妖精の群れをけしかけていたのだ。そうして索敵の手が迫ったのを知覚し、何らかの方法でここを去った。 「――あ」  ふと思い出し、スマホの画面を確認する。時刻は午前七時半を示していた。 「(……どうするかな)」  流石に日が昇り過ぎた。警備を誤魔化す細工も遣り様がない。遠くの方では目覚めた"案山子"が巨木の天辺で木の葉を揺らすのが見える。  どう時間を潰そうか。少しの間黄昏ていると、ポケットからメールを受信した音がした。 「ん、あ?」  メールは自動で開き、一文だけが表示される。 《抜き打ち試験開始》  遠くから、爆発音が聞こえた。 「いい仕事したぜ」  無駄に爽やかな笑顔を浮かべるのは、二年生の"綾村 紅季"だ。橙色の妖精珠のついたごつい腕輪から火の粉を撒き散らしながら、良い汗をかいたと言わんばかりに額を拭う。  窓ガラスは割れ、爆発を逃げ延びた多くの生徒達が階段を駆け下りてくる。押し合いへし合い、階段落ちを披露した生徒達を、救護班が人の群れの間を縫って引っ張り出す。 「甘い、甘いなぁ。時間通りに来るとでも思っていたのか」  散り散りになった生徒の一人を、光の矢が貫いた。脚を射抜かれ、青年はその場にうずくまる。一人、また一人と倒れ、一面は死屍累々の有様だ。 「タイタニア学園教訓その一。全てを疑い、万全を期すべし。油断した奴が悪いんだ」  暴力の雨。悲鳴と怒号が満ちている。弓を引く青年、"柳沢 景"は、ただそれを眺めていた。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加