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「そっちだ!」
黒鉄は物陰に身を潜めた。男子寮の近くまで戻って来たはいいものの、何故か二年生が姿を見るや否や襲い掛かって来る。出力を抑えめにしているのは感じられるのだが、十分に致死レベルの術で容赦なく黒鉄を追いたてた。
空気に干渉し、光の屈折を利用して姿を隠す。シンプルですぐに気付かれそうなものだが、追って来た二人組は素通りして何処かへ走っていった。
『奴らは狩りに酔っている』。それが黒鉄が抱いた感想だった。
少しでも冷静ならば気付いただろう――その為に即席の罠を仕掛けておいたのだが無駄になった――。恐らく、学生寮は奇襲を受けた。先手をとったという精神的優位。それが勢いを生み、慢心を生む。普段、妖精という危険物を扱う時には決して生まれないはずの、油断。
「(それに乗じて、"何か"をしろって事だろうな)」
黒鉄は術を解くと、即座にその場から離れる。海岸で力を使い過ぎた。再び索敵術を使うには、暫く休憩が必要だ。
「(それだけじゃない)」
新しい情報が必要だ。何より黒鉄は、この抜き打ちテストに関して何一つ情報を持っていない。目的があるはずだが、それすらも分からない。そこから調べろということだろうか。
「無茶をいう」
「だよなー」
反射的に拳を振るった。声の主は素っ頓狂な叫びと共に後ろへ飛び退くと、へらっと軽薄そうな笑顔を黒鉄に向ける。
「あっぶねー。ダメだよダメ。暴力はいけない」
「後ろから近付いてきてそれは無いんじゃないのか」
「あっはっは、御尤もで」
"御手洗 宙也"と名乗る一年生は、人差し指に緩くはめた真っ白な妖精珠の指輪をくらくらと揺らしながら黒鉄の前に立つ。派手に染めた金髪と、耳につけたピアスが特徴的だ。
「丁度いい。何か情報は無いか?」
「おお、物怖じしないねぇ。俺の顔を見ると大抵怖がられるんだけど」
「俺も似たようなものだ。何人か殺してそうとよく言われる」
黒鉄も人相は良い方ではない。目つきは鋭く、長い黒髪は怪しげな重圧を見る者に与える。御手洗も同じことを思った様で、「確かに」と言いながら笑った。
「ああ、ゴメン。情報だったな」
「そうだ。何をすればいいんだ?」
「残念ながら、さっぱり。――そんながっかりした顔をするなよ」
「いや、大丈夫だ」
となると、とりあえずは回復を待つか。下手に動いて襲われるのは避けたい。
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