01 戦場

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「ふぅん」  二年生は黒鉄の前に仁王立ちをして、三白眼で見下ろす様にして睨み付けた。焼け焦げた地面に触れた鉄下駄がじゅうと音を立てるが、彼は涼しい顔で微動だにしない。 「一つ、聞く!」 「あ?」  男はポケットに手を突っ込むと、一枚のドックタグを取り出した。一ヶ所小さな穴が空いていて、黒い紐が通してある。大きな文字で"70"と書かれていて、彼はそれを確認する様に見てから叫ぶ。 「お前は70番か!?」  合点がいった。この数字は自分の標的を設定するもので、向こうのタグに記されている数字が対応している。先程盗聴した会話と照らし合わせると、黒鉄のターゲットは72のタグを持っている生徒だ。そしてタグを入手出来なかった場合、補修部屋と呼ばれる所に送られると、そんな所だろう。 「いや、違う」 「ふむ、そうか。残念だったな」 「……見逃してはくれませんかね」  男は豪快に笑い飛ばすと、拳を握り、身体を斜めに開いて重心を下げた。周りを飛び交う妖精――"サラマンダー"――の熱で空気が歪んでいる。 「こちらは単純にどれだけ倒せるかだからな。痛い目を見たくなければ逃げてくれ! ……まぁ」  群れを成し、大蛇の姿を模る。とぐろを巻き、波打つ巨躯は持ち上がると大口を開けて黒鉄を見下ろす。 「逃がす気はさらさら無いんだけどな?」  業火の息吹が、黒鉄の身体を焼く。爪を展開して打ち消しを図るが、力押しでは勝てないことは目に見えていた。地面を隆起させた盾で受け流すと、黒鉄は物陰に身を隠す。壁越しに爪でけん制し、策を練る時間を稼いだ。  とはいえ現状、ほぼ詰みに近い状態だ。力量の差は歴然。回復した力も今のドタバタで激しく消耗してしまった。あの炎の蛇に対する決定打も、今の黒鉄は持ち合わせていない。 「(となれば、逃げの一手だ)」  元々、黒鉄の用いる術は対人のタイマンには向いていない。遠くから索敵を行ない、幻覚や閃光弾で身を隠しながら、数少ない攻撃手段の光の爪で対応する。妖精からの干渉を結界で防ぎ、やり過ごして原因を探る。そんな、補助や防衛に適した化かし合いの術ばかりなのである。  男の様な力押しの、敵の破壊や無力化に特化した術師や妖精とは相性が悪い。手品も防壁も、タネや仕掛けごと踏み潰されてしまう。  退路が必要だ。黒鉄は辺りを見回して、逃げ込める場所を探した。
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