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男は攻撃の手を緩めない。容赦のない炎の雨は、じりじりと戦線を押し上げてくる。時間稼ぎも限界が近く、爪の形状を保つのもそろそろ厳しい。
「俺はまどろっこしいことが大嫌いなんだ。さぁ、さっさと燃やされに来い!」
「(ふざけるなよ筋肉達磨)」
心中で毒吐くが、身体の節々は力の大量放出で悲鳴を上げている。みちみちと肉の引き伸ばされ、潰されて切れる感覚。神経の上で、ピンヒールでタップを踏まれている様な、激しい痛みとそれに伴う思考の明滅。同量以上の力を相手側も放出しているはずだが、決して火力が弱まることは無く、寧ろ苛烈さは増している様にも感じられた。
「――はー……」
黒鉄は覚悟を決めた様に息を吐き出し、呪を紡ぐ。炎蛇の咢が、獲物の到来を今か今かと待ち構えていた。
「うん?」
綾村は怪訝な表情を浮かべた。彼は精神を、炎の蛇を構成する数千を超えるサラマンダーの力の残滓と接続し、同時に操ることで高い破壊力と制動能力を両立させていた。故に蛇に触れたものの形状や感触は彼自身にフィードバックされ、リアルタイムで確認出来るはずだ。
だから、気付いた。牙が42番の生徒に触れた瞬間、彼は"溶けて消えた"。
綾村も人殺しがしたいわけじゃない。見た目の派手さとは裏腹に、熱によって与えるダメージは極限まで抑えてある。そもそもサラマンダーは"熱を操る"妖精であって、"問答無用で外敵を燃やす"のはもっと凶暴な"モロク"や"イフリート"等の上級妖精だ。火力の弱い反面、殺したくない相手に対して手加減の出来る妖精であり、高い練度を誇る綾村が、わざわざ下級妖精のサラマンダーを起用しているのはそのためなのだ。
なのに彼は砂糖菓子の様に消えた。火力を間違えた? 違う。だとすれば建物への被害も相当のものになっているはずだ。人体は思った以上に燃え難い。骨一本、消し炭一片残さない火力などありえない。
「これは……。ははぁ」
綾村は力の残滓を辿る。校舎の壁に続いており、彼は掌で消失地点辺りを撫でた。跳ね返る感触に僅かな違和感を覚え、腕輪に片手を添えて一言「燃えろ」と命じる。掌から噴き出した炎が、壁一面を焼き払った。
「――いや、天晴也!」
綾村はとても嬉しそうに、豪快に笑う。薄く張られた隠蔽のヴェールの向こうには、太い蔦で編み込み造られた、長いトンネルが隠されていた。
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