01 戦場

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 完全に無力化とはいかなくとも、一時的に穴を空けるくらいは可能なはずだ。黒鉄はトンネルを空けた時に出来た僅かな"箱庭の傷"に指を添える。  結界とは疑似的な箱庭を造り、内外を隔絶して内部に自らのルールを反映させる術だ。現在校舎にかかっている結界は、近隣にあるタイタニアの庭からの影響を防ぐために、表に出て来易い樹木や森林に憑く妖精に特化した造りになっている。次に空気、次に水、土。反面、火や金属に対しては縛りが緩い様だ。それはあのサラマンダーの生き生きとした暴れっぷりを見れば分かるだろう。  生憎、黒鉄には火を操る術も金属を発生させる術も無い。木から炎を創り出すのも出来ない訳ではないが、疑似妖精を操作するのにも手一杯だったのだ。今の彼に、そんな器用な真似は出来ない。 「(傷口から、侵食)」  ノーフェイスの妖精珠には、高い空間制御能力が備わっている。光の爪も索敵の根も、空間自体を押し退けて囲み、内側を自らの支配する結界へと変える。根は結界の内側にあるものを把握し、そこから有害なものを取り除くための爪へと変わる。  これらの術が成立するのは、妖精珠の特性と黒鉄の技術があってこそだ。もっとも、結界の一種であることには変わりがないので、対処法さえ持ち合わせていれば案外簡単に攻略されてしまうのだが。 「(く、そ、やっぱり堅い!)」  結界に結界で干渉し、こちら側のルールを一時的に押し付ける。つまりは黒鉄の持つ術のパターンを、結界の所有者に許可させたと錯覚させるのだ。常時監視していないのならば、暫くは細工を修正されることは無いだろう。  しかし、流石タイタニア学園教師の結界だ。表面に傷をつけただけでも表彰モノだろう。額に嫌な汗が流れる。ジワリと首を伝ってシャツに滲み、冷たく広がっていく。 「(これで、大丈夫だろう)」  無意識に「多分」と後ろに付け加えたのは、実力差に折れかけた心の悲鳴だろうか。さておき、これで暫くは黒鉄の術も普段通りに使えるだろう。早速、力の回復を試みようと、ペンダントを胸の前に握って、祈りの様に目を瞑った。その時だ。  妙な臭いがするのを、黒鉄は感じ取った。水で膨らんで腐った果実の様な、目の奥に滲みる甘ったるさと鼻の奥を刺す苦み。  恐る恐る顔を上げ、臭いの源へと視線をやる。  蒼褪めた霧が、ドアの隙間から壁を這う様にして入り込んでいた。
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