01 戦場

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 ぱしゃ、と足元の水面が跳ねた。湧き上がる霧の群れは、黒鉄に纏わりついて神経に爪を立てる。耳には愉快そうに笑う子供の声が全ての方向から聞こえていて、この術に使われた妖精の残滓が新しい玩具を与えられて喜んでいる様にも感じられた。 「ど、けっ」  槍の切っ先で円を描く様に、大きく振るう。霧は殆どが散り、一部は槍へと吸い込まれていく。  水溜りに先端を刺し込んで払うと、衝撃で道が開いた。隙をついて駆け出し、一気に奥の方まで跳び込む。  階段の下の踊り場の、水槽の様になった地下室に続く場所。彼女はそこに佇んでいた。  そこは確かに彼女の領域だった。一つの国であり、神域であり、彼女の存在はその要だった。 「来たわね、識くん」  人外染みた、余りにも静かで緩やかな声色。恐ろしさに背筋が凍る。バクバクと心音が鼓膜を貫き、脳味噌が頭蓋の中で脈を打つ。 「まず一つ。箱庭を持ち歩くのは良いアイデアだけど、折角周りに力の供給源があるんだから、もう少し軽い武装にしても――それこそ外套とかに成形した方が対応はし易かったと思うわ。私の箱庭に対抗出来るか不安だったのは分かるけどね」  すらすらと、まるで見て来たかの様に採点を始める。 「他人の箱庭に手を加える時は、自分の力だけを通す様にしてはダメ。幾つか適当な力の系統をデコイとして設定すること。あの時もそのくらい、あなたの技量なら出来たはずよ? その手間を惜しんだのは、何故かしら」  否、彼女――泡月 英理はずっと見ていたのだ。当たり前だ。黒鉄が侵入するまで、あの薬学室も彼女の領域だったに違いないのだから。気体まで操作出来るとなると、こちらに気付かれない様に目を仕掛けるのも容易だっただろう。 「試したって、訳ですか」 「抜き打ちテストよ。新入生がちゃんとこの先生き残れるかどうか、学園側は見極めなければならない。私達は、手伝い」   指にはめた深海色の妖精珠が、だらりと持ち上げた右手に光る。 「及第点」  中指の第一関節に親指を押し付けて、ぱきりと鳴らす。霧が広がり、水面から液状の怪物が鎌首を上げた。 「個人的には合格って言いたい所なのだけど、決まりは決まりだもの」  悪意は無く、殺意も無く、敵意すら無い。それは例えるならば竜巻の様な、純粋な脅威だ。 「最終テスト、始めるわよ」  首に提げられたドックタグ。42番の文字が、絶望と共に突きつけられた。
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