0人が本棚に入れています
本棚に追加
水面に映る二つの影は、揺らぎ、交差する。液状の怪物は槍の表面を侵食しながらも、身体の一部を抉られたことでバランスを崩す。
「(密度が違い過ぎる……!)」
怪物の傷口が埋められる寸前に槍を突き刺す。修復する暇を与えず、自らの箱庭の特性を生かして削り切ろうと突いては引き、突いては引きを繰り返す。
泡月が右手の指を鳴らす。パチンと甲高い音がして、足元から湧き上がるそれは、疑似妖精の群れだ。
「サイレン、か?」
「正解」
疑似妖精にしては精巧過ぎる。黒鉄も"ピクシー"の疑似妖精を使うが、ここまでその特性を再現するのは難しい。
「(それにしても、サイレン、ね)」
昨日の夜の襲撃は彼女か。黒鉄はそう確信した。
「疑似妖精を通して命令を飛ばしていたと」
泡月は意味ありげに微笑むだけだ。否定も肯定も無く、ただ黒鉄の推理を楽しんでいるかの様で、それが彼の神経をより逆撫でする。
彼女にしてみれば、あの時から試験は始まっていたのだ。術師が研究を行なうのに必要な、発想力と応用力。そしてアドリブ能力を、自らの術をどう破るかで量っていた。どのような命令系統で、どのような方面からのアプローチで。どのような判断を下すか。どのような発想を行なうか。
「(楽しんでやがる)」
まるで歌劇の観客の様に、演者がどう謡ってくれるのかを期待している。自分の書いた筋書きを、どのように破ってくれるのかを心の底から楽しんでいる。
底抜けの享楽主義者。泡月に対して抱いた印象は、決して良いものでは無かった。
「塗り潰し、捉え、捕らえろ」
槍を一度解き、その力を元手に爪を展開した。横の壁を伝って天井まで一周し、後方へと侵食を行なう。
「吸い上げ――育て、咲き、実れ!」
水溜りを吸い上げ、箱庭を拡大する。後方へと跳んで自らの箱庭へと転がり込むと、掌に食い込むほどにペンダントを固く握った。それは痛みによる意識の覚醒。爆発的な感情の発露。
硝子細工の葉が実り、重さに耐えられず重力に従って地面へと落ちる。衝撃で砕けた残骸は箱庭に浮かび、寄り固まって人型を模る。
疑似ピクシーの群れは、相対する疑似サイレンの群れへと襲い掛かった。それは麦畑を食い荒らす蝗の群れの如く、透明な液体を撒き散らしながらそれらを食い破る。
「ブロブ、平らげなさい」
一言の命令を聞き入れ、ブロブと呼ばれた液状の怪物は大口を開けた。
最初のコメントを投稿しよう!