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ずるりと前進し、空気ごと呑み込む。波打ち、二つの瞳がぼんやりと光ると、それらが黒鉄を見つめた。
「ちっ、囲め!」
「回りなさい」
纏わりつくピクシーの群れを回転で薙ぎ払う。その勢いのままで踊り狂う水の球体は、重力に反して浮かび、黒鉄へと向かう。
箱庭へ意識を接続し、強度を落とさないように気を張った。相性最悪の箱庭の中だというのに、球体の保有するエネルギーはまるで衰えを知らない。
「(地下の、水……)」
ここは人工島だ。妖精を構成し補強するための水なんて周りにいくらでもある。肌がべたつくのは、外でかいた汗のせいだけでは無かったらしい。
「穴、空けやがったのか!? この島の基礎に!」
「安心して。この島が沈むことはまず無いから」
「そういう問題じゃない!」
妖精術師の粋を結して造られたこの人工島を、一部分とはいえ破壊したのだ。この女は。
黒鉄は急に、目の前の少女が酷く恐ろしい生き物に見えた。自分が相対し、全力で噛みついてもビクともしない。そんな彼女の底が見えない。
次元が違う。そんな陳腐な言葉でしか、彼女を表すことは出来なかった。
泡月は二本の腕を持ち上げ、両の毒手を開いて向けた。ブロブは黒鉄の箱庭を侵食し、ずるずると壁を伝って陣地を広げた。対抗しようとするが、伸ばした爪の先端が泡月の箱庭に触れた途端に、嫌な音を立てて飲み込まれていく。
「ん、ぐあッ」
呼吸が続かず、苦し紛れに喘ぐ。足元まで蒼褪めた霧が立ち込めると、体勢を保てずに頭を垂れた。
力の供給が出来ない。呼吸すら苦しい。重圧が全身隈なく圧し掛かり、肺が圧迫される。精神が得体のしれない何かに飲み込まれる感覚が、指の先から流れ込んでくる。
「つッ……らぬけ!」
疑似妖精の群れを再び展開するが、形を保つことが出来ない。幼稚園児の作った緑色の粘土細工の様な、辛うじて輪郭だけを与えられた力の塊。それらを束ねて固めて一本の矢を形成し、闇雲に指で弾く。
ブロブは身体でそれを受けると、中心部辺りで止める。身体を捩り、矢を吐き出すと、今度は黒鉄を取り囲み、膝から衣服を伝って首元へと昇った。
アナコンダの様に首に巻き付き、少しずつ膨らむ。みち、と肌に吸い付き、気道を締め上げた。
「かっ、ご、ぼ」
口と鼻を塞ぎ、呼吸の手段を全て奪う。黒鉄の額が水面に付くと、頭全体を水の膜が覆った。
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