01 戦場

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 よくやった方だろう。そう、泡月は評価した。  自分が強者側であるという、ある程度の自負はある。進級試験成績主席の肩書は伊達ではない。その自分にここまで食い付ける術師は、同学年にもそうはいないのだ。 「――ああ、いけない」  慌ててブロブの形成を解くと、同量の海水へと戻ったそれが、ばしゃと黒鉄の周りに広がった。その巨体を維持していた"ウンディーネ"の集団は泡月から報酬の力を受け取ると、全てが海原へと帰っていった。 「(生きてるかしら)」  死なれるのは極力避けたい。この学校において、人命は紙切れの様に軽いが、だからといって死んでいいという訳ではない。当然、故意に死なせた、殺したならば罰せられるし、事故だとしてもお咎めなしという訳にはもちろんいかない。  とはいえ、死んでしまったら仕方ない、というくらいには価値観の狂った場所だ。今、黒鉄がすっかり水死体になってしまっていても、当分の謹慎と始末書、それだけで済んでしまうのだ。  しかし泡月はまた別の理由で、死んでいて欲しくないと思った。  彼女自身も自覚していない、そんな理由だ。そしてそれが、彼女を黒鉄の方へと向かわせた。  黒鉄は未だ水面に伏している。泡月は取りあえず起き上がらせようと服の肩を掴んで力を込めた。 「――くっ!」  刹那、胸元から右肩にかけて閃光が飛んだ。黒鉄の振り上げた右手は泡月の首を狙い、しかし不意打ちに気付いた彼女が身体を逸らしたことで直撃は避けられた。 「残念。けど良かったわよ?」 「畜、生」  歯を食いしばり、悔しさに顔を歪める。しかし、まだ諦めたわけではない。 「("矢はまだ残ってる!")」  左手を指揮者の様に振るう。水面から飛び出したのは、"ブロブに止められて吐き出された矢"だ。最早矢とも呼べないほど小さな破片達は、しかし人間一人の意識を刈り取るには十分な威力をもって襲い掛かる。  しかし、泡月は動かない。――動く必要がないことを知っていたから。 「――時間切れよ」  矢は消えた。と同時に、黒鉄の身体から力が抜ける。構築していた彼の箱庭が、ボロボロと崩れていく。 「ばれ……」 「お休み。頑張ったわね」  露わになった胸元を隠すことも無く、右手を前へ突き出して、人差し指の関節をパキリと鳴らす。  今度こそ、黒鉄は気を失った。
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