01 戦場

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 消毒液の臭い。見覚えのある天井。ずらりと部屋に敷き詰められたベッドは、カーテン越しにも分かるくらいに、怪我人の悲鳴で埋め尽くされていた。 「ってぇ……」  起き上がろうとして、全身の痛みに再びベッドに身体を沈めた。腕が、や腹が、ではなく、全身が隈なく痺れる。塗りたくられた軟膏は奇妙な甘ったるい香りを発し、そのせいか、酩酊しているかの様に目の前が酷く眩んだ。 「あら、おはよう」  たった今ベッドを覗き込んだ元凶を、黒鉄は恨めしそうに睨む。泡月は丸椅子を近付けて腰を下ろすと、「調子はどう」と白々しいことを宣った。 「最悪」  苦し紛れの意趣返しだ。実際、全身痛いし薬の臭いで具合は悪い。しかしそういう事実を差し置いても、悔しさが遥かに上回った。そういう言葉だ。  負けたのだ。全力を尽くし、騙し討ちまでして、それでも届かなかった。圧倒的な力の差。あまりにも高い、壁。  黒鉄は決してバトルマニアではない。妖精を相手取るのに真っ向勝負を仕掛けるのは愚の骨頂だ。騙し、罠を張り、逃げ、陥れる。相手を打ち負かすなど二の次で、生き延びて情報を持ち帰ることを優先する。それが定石であることは理解している。 「(それでも)」  悔しいという感情を拭い切れない。敗北の二文字は、彼の胸に腫瘍の様にこびり付く。 「……それで、何の用ですか、泡月先輩」 「英理、でもいいわよ? あと、敬語もいらないわ。苦手なのよ」  「二人の時はね」と付け加えて笑いかける。こういう所作や言動に勘違いするんだろうな、と黒鉄は苦笑いと共に短く息を吐いた。 「じゃあ……何か用か、泡月」 「今回の試験の結果を教えに来たのよ。結果は……まぁ分かっているとは思うけど、残念ながら補修決定ね」  タグを奪えなければ補修部屋と、あの二人も言っていた。 「補修は何時だ?」 「補修は明後日。森の東口に集合、だって。詳しくはメールで」  早速、枕元のスマホが着信を告げる。"補修対象者へ通達"という題名が画面に踊った。それを開こうとして腕を動かすと、ぎし、と筋肉が鳴る。 「――それじゃあ、私は行くね」  痛みに顔をしかめる黒鉄に背を向け、遮光カーテンに手をかける。 「そうだ」  思い出した様に彼女は振り向き、にこやかな表情でこう言った。 「これから、よろしくね」  その言葉の真意を、彼はまだ知らない。
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