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02 サクラサク
「随分酷くやられたな」
御手洗の煽る様な言葉に顔をしかめる。「お前もな」とズタボロの彼に返すと、底抜けに明るく笑った。
「いやぁ、でも、災難だったな。まさかあの泡月先輩にあたるなんて」
「知っているのか」
「有名人さ。入学当初から頭一つ抜きんでて優秀だった、学園期待の星。未来の大妖精術師。進級試験では試験官の教師を危うく"潰す"ところだったんだと」
「潰す」
「両方の意味でな」
御手洗は水差しからコップ一杯に注ぎ、一息に呷る。軽く咽て、咳き込みながら胸の辺りを押さえた。巻いた包帯からは玉虫色に変色した血が滲んでいて、彼も相当に酷い目にあったのだろうなと一目で分かった。
「それで、補修について何か知らないか」
「ん、そうだな。まずは、また抜き打ちの時の組み合わせでやるらしいぞ」
とても嫌そうな顔をしていたのだと思う。御手洗はけたけたと笑い、「安心しろ」と続けた。
「今度は殺り合うわけじゃない。課題が出されて、それを二人で協力して解けってことらしい」
協力。それはそれで憂鬱だ。
確かに彼女は強い。味方であるならば、これ以上無く心強いだろう。しかし黒鉄には、それが何処か心配でならなかった。
彼女は誰も見ていない。何か違うものを見ているようで、そんな彼女と組むということに、酷く不安にさせられたのだった。
「(チームプレーとか出来るんだろうか)」
少し考えてみて、"無理そうだ"と結論付けた。
そもそも協力というよりは、こちらが主となって動いて向こうはそのサポートという形だろう。ならば、自分があまり考えることでも無いのかもしれない。というか、人のことを心配していられる立場かということもある。
生き残ることが最優先。そうだ、自分には目的がある。果たす時まで、死ぬわけにはいかない。
黒鉄はベッドに横になって、額を腕で押さえた。目を閉じて、肺一杯に消毒用アルコールの空気を吸い込み、同量を吐き出す。
不安が、吐息に雑じって空へと消えた。そんな気がした。
御手洗が戻った後、少しの間眠ることにした。身体の傷も痛みも殆ど癒えたが、溜まった疲労感はまだ身体の中に渦巻いている。指先が重い。ベッドを境にして地面が自らを引き寄せている様な、重力の実感があった。
再び目覚めた時には、既に夕日が沈み始めていた。赤く赤く、床一面を染めて、遠くの方からは烏によく似た鳴き声が聞こえていた。
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