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「泡月先輩、人に言えないことか?」
食堂の片隅。整えられた植木が窓から見える、奥の席。談笑する生徒達の目を避ける様に、缶コーヒーを自分の席の前に置き、泡月の目の前にミルクティーを置いて椅子に腰かける。
泡月はここに来るまで挙動不審だった。映画で見た麻薬中毒者の様に落ち着きのない、何処かからかの視線を気にする様な動きをしていた。
「話してくれとは言わない。ついこないだ知り合ったばかりの俺に全部話せってのも無理な話だ」
泡月は答えない。
「ただ、不審な動きをしている上級生が何かをやらかす前に対抗策を練っておきたいだけだ」
自分の身は自分で守る。この学園の生徒手帳の一番最初に書かれていたことだ。全てを疑い、用心深く、全てに備える。それが唯一にして無二の自衛であると。
「それに」と黒鉄は続けた。
「袖擦り合うも他生の縁ってな。手助けくらいは出来るかと思って」
ミルクティーに口をつける。一つ甘い吐息を浮かべると、泡月は顔を上げた。しかしそこに生気は無く、未だに夢と現の境を漂っている様だ。
「補修」
「――は?」
「補修で、私の出す課題をこなせたら、出来るだけ話すわ」
「答えになってない。それとこれと何の関係が……」
「お願い」
泡月の言葉に黒鉄は沈黙するしかなかった。その裏側から、隠しきれない不安と悲愴が感じられたからだ。
「うん、ごめん。今はこれしか言えないの」
何と身勝手な言い分だろうかと、怒りを覚えなかったかと言えば嘘になる。しかしその深刻さは、事情を知らない黒鉄にすら伝わった。その目が、その空気が語る、言外の重圧がそこにはあった。
「――分かった」
「ありがとう。本当に、ごめん」
「ここまで来たら、絶対話してもらうぞ」
泡月は席を立つと、片付けをするために薬学室へ向かった。妙に心配になって手伝いを申し出たが、「悪いから」の一言でかわされてしまった。
「大丈夫よ。今日はもう、止めにするから」
「……明日以降も止めてもらえないかな」
「うん、ごめんね」
そう言って彼女は去っていく。取り残された黒鉄はコーヒーを飲み干すと、缶を捨てに席を立った。
「(そう言えば)」
今日は謝られてばかりだと、そう思った。
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