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タイタニアの森の入り口付近に、大勢の生徒が集まっていた。
補修率は九十七パーセントだったらしい。つまりはこの生徒全員が補修対象者ということなのだろう。
「(百パーセントじゃないのが驚きだな)」
ベルトに通した木製の警棒を確かめ、何時でも抜ける様に僅かにずらす。握りのバンテージが固まっていることを確認して、学生服の裾を軽く被せた。
「おはよう、識くん」
「……ああ、おはよう。泡月先輩」
泡月の表情は変わらない。何処か超然とした笑顔が貼りついていた。しかし、黒鉄はそこに違和感を覚えた。根拠は無い。しかし、何かが違うと感じたのだ。
躊躇いや苦痛を捨てた、しかしどちらかと言えばネガティブな――"諦め"の様な――。
「説明、始めてもいい?」
泡月の言葉に思考の海から引き戻され、黒鉄は頭を振ってから「はい」と短く答えた。考えるのは後だ。今は補修に集中しなければ。
「(クリアすればはっきりすることだ)」
「今の季節は、"ハルガスミ"の消失期なの。識くんにはハルガスミの寄生した花弁を集めて貰いたいのよ」
"ハルガスミ"は春によく見られる妖精の一種だ。桜の木にコロニーを作って冬を越し、春になると花弁に寄生して繁殖を行なう。寄生された花弁はハルガスミの卵となり、土中のバクテリアと接触することでそれらが生み出す栄養素を横取りして次の春を待つ。
同種の妖精には揮発性の毒があり、それは桜によく似た芳香に含まれている。これを一定量血中に取り入れると、酸欠の様な症状に陥り、最悪の場合、絶命する。
厄介なのは、その姿が妖精の見える人間にも殆ど見えないことである。その名の通り肉体は霧上で、僅かに桃色がかっているものの、普通の霞と何ら変わりはない。原始種に近く、人間に対してコミュニケーションをとることもない。自我も無く、純粋な"現象"と呼ぶに相応しい妖精だ。故に、気付かない内にテリトリーに侵入して毒にやられてしまうことも少なくない。
「注意点は、少し息苦しいなとか、薄めた桜の香りがすると思ったらすぐに箱庭を作って逃げ込むこと。そうしたら暫く待って、ハルガスミの反応があるかどうかを試験薬で調べてから探索を再開すること」
そう言うと掌大の小瓶を黒鉄に投げ渡す。中には薄桃色の液体の染みた脱脂綿が折り畳まれて入っていた。
「それが香りのサンプルよ。渡しておくわ」
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