02 サクラサク

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 顔から十分に離してから蓋を開ける。酸味のある甘味がぷんっと鼻を突いた。肺に入れない様に息を吐き出して腕を伸ばして蓋を閉めると、制服の内ポケットに滑り込ませる。 「――で、ここまでが学園側からの課題」  ここからが問題だ。 「私からの課題もハルガスミに関してのものよ」  ざわざわと空気が震える。春風と共に吹き込んでくるのは、享楽をもたらす妖精"ドランク"の息吹だ。黒鉄は奥歯に仕込んだ、苦薬の滲み込んだ脱脂綿を軽く噛む。意識を覚醒させ、泡月の言葉に耳を傾けた。 「ハルガスミの中には、赤い花弁を残す種類がいるわ。その花弁を入手すること」 「変種を見つけろって?」 「もちろんノーヒントとは言わないわ。……そうね」  顎に手をやる所作が妙に様になる。そのまま人差し指で唇を撫でると、指で隠す様にして上唇を舐めた。 「変種とはいえ、ハルガスミと同種だってことに違いは無いわ。勿論、生息する場所もね」  つまりは足で探せということだろうか。しかし、見た目で判別がつくだけまだ易しいのだろう。妖精の中には、研究室で専門的な解析を行なって初めて変種か否かが分かるものが多く存在する。それに比べればまだ、現場で見た時に分かるだけ精神的な負担も少なく済む。 「それじゃあそろそろ始めましょう」  泡月はそう言うと、木々の一本に手をあてる。瞬間、水面の波打つ様に箱庭が展開され、森を構成する箱庭の一つとの境界を解かしていく。 「(壁の薄い所から、的確に、染み込む)」  黒鉄はその一部始終を観察していた。自分ならばそのプロセスをどう構築するか。改良点は、模倣するべき点は、そのプロセスに関する自分の適性は。自分に適さない場合には何で補うか。  その人並み外れた観察眼が捉えたのは、あまりに美しい歪曲だった。 「(侵入、広がり、押し退けて)」  凪の水面が現れる。境界が完全に同化して繋がると、ぴちん、と魚の跳ねる音と共に、水の王冠が姿を現した。 「往きましょう。補修開始よ」  泡月の背を追い、黒鉄は空間に開いた昏い穴を潜る。木霊する子供の笑い声を不気味に思いながら、泡で形作られたトンネルを進む。一歩ごとに足元は沈み、弾んだ。  小一時間の後、白い亀裂が見えた。泡月はその末端をなぞると、指を引っ掛けて力を籠める。  繋がった。黒鉄の頬を、温い風が吹き抜ける。
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