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島の中心には、大きな森がある。熱帯地域と寒冷地域の植物が共存するこの森には多くの妖精が生息していて、そのせいか多種多様な"箱庭"が干渉しあって、重度の空間異常を起こしてしまっている。この森は別名"タイタニアの庭"もしくは"タイタニアの森"とも呼ばれ、侵入には覚悟が必要とされる。
一年生は三名以上の教師の許可無しでは森に入ることは疎か、近付くことも許されない。近付くだけでも妖精の干渉を受け、最悪の場合は"取り込まれる"のだそうだ。
黒鉄は近付けるギリギリの所から森を眺めていた。立ち入り禁止の黄色い紐は、越えたものを激痛で昏倒させる呪いの道具。妖精の力の残滓を集めて溶かし、紐に染みこませることで強い呪いを発生させるのだそうだ。
「やっぱり無理そうだな」
分かってはいたが、どうにか忍び込めないかと高を括っていた。しかしこれだけの呪いを解除する技術は無いし、解除出来たとしても気付かれる。森に棲んでいる妖精が出てくるきっかけを与えてしまうかもしれない。
出直そう。後は校舎を見て回って、大人しく部屋に戻ろう。そう考えて踵を反した。
人が歩いて来る。襟章からすると二年生のようだ。
『生きて二年生に進級出来る生徒の割合は、およそ六割』
この学校が開かれて十年。多くの死者、失踪者、精神病患者を出してきて、それでも入学者が絶えないのは、そういうリスクを冒してでも学ぶ価値があるからだ。自然を操り、生き死にすら手の内に収める。そんな妖精を御し、利用する術師は、畏れられ、重用され、尊敬される存在だ。
勿論、退学者も多い。死の恐怖に潰され、精神を病んでしまう者や、危険管理を怠り、結果として死んでしまう者もいる。
同僚の死。自然の恐怖。妖精の干渉による幻聴、幻覚が当たり前の空間。その中で生存し、進級、卒業した人間というのは半分化物のようなものだ。軍人よりも研ぎ澄まされた感覚と、医者よりも鍛え上げられた精神強度。メンタル、フィジカル共に異常な程に鍛え上げられた人間となるのだ。
入学者の中には、精神修行のために放り込まれた者もいると聞く。ただの噂ではあるのだが。
「(あれが……ん?)」
様子がおかしい。歩くたびに栗色の髪がふわふわと揺れている。足取りも覚束ず、まるで酔っ払いのような千鳥足で、右へ左へとジグザグに歩いている。
黒鉄は彼女に近付き、様子を窺った。こちらに気付いた様子は無い。
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