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目の前で手をかざしてみる。反応は無い。耳元で声をかけてみる。反応は無い。
おかしいと思い、顔を近付けてみると、すぅすぅと一定の呼吸が聞こえて来た。
「……寝てんのかよオイ!」
思わず突っ込んでしまった。黒鉄は女生徒の肩を掴み、がくがくと前後に揺らす。その度に頭もがくがくと前後するが、鞭打ちを心配する余裕は無かった。
「うーん、あ?」
女生徒はぼんやりと目蓋を上げた。それを確認した黒鉄は手を放し、深く溜息を吐く。
「えーと、おはよう?」
「はいはいオハヨーゴザイマス」
「ん、あれ、何で私、こんな所にいるの」
黒鉄が状況を説明すると、合点がいったように手を打った。
「あぁ、そうだそうだ。課題の薬を調合していたら急に眠気が」
言うには、一週間後に提出しなければいけない課題があり、薬学室を借りていたらしい。その薬というのが"明晰夢を見せる"効果を持っており、それが作用して夢遊病のような症状を発症したのだろうとのことだ。
「うぅん、量を間違えたのかしら。ありがとうね。また先生に怒られるところだったわ」
「また……って、こんなことが前にも?」
「薬の調合って、妖精の機嫌次第みたいなところがあるから、失敗も多いの。だから失敗しても大丈夫なように準備をするのが普通なんだけど……」
女生徒は苦笑いを浮かべて頬を掻いた。
薬学室の内鍵を閉めるのを忘れていたらしい。そのせいで、夢遊状態でもドアを開けて外へ出ることが出来てしまったのだという。
「いやぁ、うっかり。何時もは廊下で壁にぶつかって目が覚めるんだけど、何度もやってると無意識に避けちゃうのよね」
「(大丈夫かこの人)」
「君のお蔭で目が覚めたわ。ありがとう」
「それは何よりで……っと」
女生徒は黒鉄の顔を覗き込んだ。じっと黒鉄の目を見つめている。黒鉄は目を逸らそうとするが、吸い込まれそうな灰色の瞳から目を離せない。
「な、何ですか」
「あ、ううん、ゴメン。――知り合いに似てたから、つい」
「知り合い?」
「ああ、うん、何でもないの。何でも」
女生徒は少し慌てて離れると、「忘れて」と一言言ったっきりで黙りこくってしまった。黒鉄は居心地の悪さに、早くこの場を離れようとする。
「あ、待って」
後ろから呼び止められ、一拍置いて振り向く。女生徒はばつの悪そうな顔をしていた。
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