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「あなた、新入生よね。だったら、明日は気を付けて」
意味深な笑みを浮かべる。先程まで寝ながら歩いていた人間とは同一人物とは思えないほど、妖艶であり、神秘的でさえあった。
「気を付けるってのは?」
「あなたの相手が誰か分からないけど、もしかしたら死んじゃうかもしれないから」
さらっと恐ろしい言葉が聞こえた。"相手"ということは、競争かそれとも術合戦か。確かに術合戦ならば死ぬ可能性はあるだろうが、しかし彼女の言葉にはそれ以上のものが込められている気がする。
「そうね、とりあえずは部屋の窓からは離れていた方がいいとだけは言っておくわ」
「……心得ておきます」
「あ、私が言ったことは内緒ね? 怒られちゃうから。これは起こしてくれたお礼よ」
少女は可憐に微笑む。緩やかな、そこだけが時間の流れが違うような所作で、いつの間にか鼻同士がくっつきそうな距離に、再び顔を近づけていた。
「そういえば、名前を聞いてなかったわ」
「黒鉄 識、です」
黒鉄は、出会ったばかりとは思えない距離感に困惑していた。相手が彼女のような美人ならば尚更だ。
少女は整った顔立ちをしていた。緩やかな曲線を描く眉、ふわりとした癖のある栗毛。肌は少々不健康そうに見えるほど白く透き通っていて、人懐っこそうな色を持つ灰色の瞳は宝石のようだった。
「識くん、ね」
鼓膜に絡みつく、飴玉を転がすような声。背筋がぞわりと震えたのは、その音が酷く不穏な色彩を孕んでいたからだ。
少女はそれを知ってか知らずか、変わらぬ態度で口唇を動かす。
「私は泡月。"泡月 英理"よ。タイタニア学園にようこそ、識くん」
部屋に戻ると、ベッドに倒れ伏す。そのままの姿勢でメール受信の設定を終えると、顔をシーツに埋めて息を止めた。そうして数秒して一気に空気を吐き出す。識が昔から行なって来たリラックス方法の一つだ。
酸欠気味でくらくらする頭のまま、ゆっくりと四つん這いで身体を持ち上げる。脚を組み直して胡坐をかき、窓の真横の壁に上半身の体重をかけた。
「(そういえば)」
彼女――泡月が言うには『窓からは離れていた方がいい』とのことだが、どうしたものか。連絡が届くのが何時で、何かが起こる――泡月の口ぶりからして何かあることは確定だろう――のが何時か分からない以上、用心に越したことは無い。
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